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アリ・スミス「秋」とその周辺の話

アリ・スミス 作「秋」(木原善彦 訳)を読んだ。

アリ・スミスはイギリス在住の現代作家。本作はイギリスのEU離脱が決まった2016年を主軸にした小説である。新潮社クレストブックの紹介文から↓

EU離脱に揺れるイギリスのとある施設で眠る謎の老人と、彼を見舞う若い美術史家の女。かつて隣人同士だった二人の人生は、六〇年代に早世した女性アーティストを介して再び交錯し――不協和音が響く現代に、生きることの意味を改めて問いかける。『両方になる』で読者を驚かせた著者による、奇想とユーモアに満ちた話題作。

現役作家の作品を読むのなら、同じ時代に生きていることを感じられる作品であるとちょっと嬉しい。私は主人公のエリザベスとほぼ同年代。国は違えど彼女の置かれている状況や理不尽に反発する姿勢に共感し、イギリスという国とそこに住む人々の未来が良い方向に進むことを願う。2016年と、エリザベスが隣人の老人ダニエルと交流をするようになった子供時代、女性ポップアーティストのポーリン・ボティを研究し始める大学時代、老人の夢の中かと思われる章…断片的に進むので少し掴みにくいストーリーではあったが、最終的には積み重なったものがある程度繋がって希望のあるラストは気持ちが良かった。(私の読書時間が断片的だったので掴みにくかったというのもある。一気読みしたい)

本作を読んで感じる”掴みどころの無さ”については訳者あとがきに書いてあることがしっくりくる。(本書 p.244)

アリ・スミスの近年の作品はどれも、たくさんの印象的場面のスケッチから成り立っているので、物語の劇的な展開を求める読者にとっては、何か大事な筋を自分だけが見落としているように感じられるかもしれない。しかし、「大きな物語」が死んだ現代を真正面から描く彼女の作品の魅力は、日常的な風景を見事に切り取る言語的手腕にある。

この訳者あとがきには膝を打った。そう、そうなんです!まさにこれです。物語のうねりに飲み込まれていく快感はそんなになくて、少し戸惑いながら数ページずつのまとまりを読んでいくと物語は静かに終わりを迎えて、読後にはいくつもの印象的なシーンが頭に残る。
会話が特に良かった。日常の理不尽に正論とアイロニーで抵抗するエリザベスの姿勢は痛快だった。おとなしく従うだけでいる必要はないのだ。本を読み、自分の頭で考えている人の強さだと思う。
少女時代にダニエルのような謎多き老紳士と友人関係になれるということに憧れる。家族でも学校でもないところで自分の話を聞いてくれる人がいるっていい。

本作「秋」は季節四部作の一作目ということらしい。翻訳者の木原氏によると、ダニエルは他の作品にも登場するそうで、4つの作品がどのように響きあうのかが楽しみだ。

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作中のキーパーソンのひとり、実在したイギリスのポップアーティスト、ポーリン・ボティについては今回初めて知った(というか作者が創作したキャラクターなのか実在した人物なのかわからなかった)ので少しだけ調べた。ガーディアン紙のネット記事をひとつ載せておこう。写真が素敵だった。

英文なので機械翻訳に頼りながら読むとボティが本当に実在していたことが確認できて、この小説が数ミリだけノンフィクションに近づく。記事にある2013年6月に開催されたボティの大規模展覧会、これにエリザベスが関わっているかもしれないと想像するのが楽しい。

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周辺についても少し。

訳者の木原善彦さん、英米文学の分野でとーってもたくさん翻訳なさっている。私が最近読んだのは翻訳ではなく新書。

「アイロニーはなぜ伝わるのか」木原善彦

あえて言いたいことの逆を言うアイロニー(皮肉)の構造について文学作品からの引用を紹介しながら解説する内容。アイロニーのある会話は洒落ていてフィクションの登場人物が使うとカッコイイのだけれど、リアルで気軽に使うもんじゃない(特に子ども)というのを再確認。

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アリ・スミスといえば、2018年に日本で出版された長編小説「両方になる」

本そのものに施された仕掛け(あなたと私で読んでるその本は同じ??)も相まって、ちょっと話題になった。中世/現代・男/女・見る側/みられる側などの二項、両方になるような作品だった。


また、アリ・スミスは短編の名手と言われているらしい。「両方になる」を読んだ後にアンソロジーに収められた2作を読んだ。

「五月」(変愛小説集 収録)

白い花をつけた木に恋をした人。とその恋人。前者はある日突然木に心奪われ、木への恋心に狂っていく。後者は恋人が自分ではなく木の虜になって様子がおかしくなっていくのでとまどう(そりゃそうだ!)。風景描写と心理描写が繊細で美しい。翻訳者によると、このカップルは原文では性別が特定されないように書かれていたらしい。つまり男男、男女、女男、女女のパターンが考えられる。日本語訳では訳者の岸本佐知子さんが2人の性別を決めて訳して下さった。ぴったりだった。


「子供」(コドモノセカイ 収録)

見知らぬ赤ちゃんがスーパーマーケットのカートに乗っている。とってもかわいいパーフェクトな赤ちゃん。でも知らない子。私の子じゃないって言っても誰も信じてくれない、どうしましょ?。。。というユーモア溢れる作品。不条理すぎて笑っちゃうんだけどゾクッとする。実際問題知らない赤ちゃんがカートに乗ってたら恐怖。ゾンビより恐怖。(本が手元にないので記憶で紹介してます。あらすじ間違ってたらすみません。)

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アリ・スミスは私の中で新作が出たら買おうかなと思っている作家リストに入っている。新刊として読む意味は、同時代性と遊び心、ジェンダーへの視点。素晴らしい作品は時代を超えるに違いないが、同時代に読めるならとてもラッキー。


※Amazonのリンクを貼りましたが他のサイトでもリアル店舗でも図書館でも探してみてください。

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