『バブル』に必要な4人とその他大勢について

『バブル』を観たのでネタバレしながら感想書きます。

 この映画の点数を付けるなら60点くらいなんですけど、可もなく不可もなくじ
ゃなくて可もあるし細かい不可がめっちゃある感じの60点。一言で説明すると、『かっこいい茶番に乗せてお出しされる小さな希望の話』です。

■悪いところ
・キャラクターの魅力に乏しい。
・説明するべきところと必要ないところのバランスが悪い。
・ストーリーと設定の説得力に欠ける。

■いいところ
・パルクールの映像は胸がすくようで爽快。
・音楽もそのシーンにぴったりなものが連打され、豪華。
・終わり方は予想通りだったものの、綺麗で読後感も良い。

 悪いところについては本当に無数に出てきてしまうんですが、まず最初のパルクールのシーン。初っ端から『新人にゲームのルールを説明する体で観客に説明する』という鉄板のメソッドが出てくるのが本当によくない。なぜってこのルール、本編を観ていれば言われなくても大体わかるんですね。100分しかない映画で無駄な説明に時間を割いている暇はないのにどうでもいいモブチームにカメラを向けないでほしい。
 この『必要な情報の取捨選択が甘い』弊害は本編全体に及んでいて、おかげで主人公チームであるブルーブレイズの面々はかなり影が薄いです。出てくるチームは5人×4チーム(しかも名前ありだけで)と膨大なので、主人公周りを掘り下げるにも尺が足りていない。

 この物語に必要な人物は、主人公のヒビキ、ヒロインのウタ、アンダーテイカーのリーダー、もとプレイヤーのシンさん、以上の4人です。それ以外は全員不要です。

 ストーリーの概形を整理すると、以下のような形になります。

①ヒビキがウタに助けられ、共に過ごす。
②なんやかんや一緒に生活していくうちにウタに知性が宿り、ヒビキが丸くなる。
③アンダーテイカーと対決し、ヒビキとウタのコンビが初めて共同で何かを成し遂げる。
④第二次降泡現象により、ヒビキを助けたウタが泡となって消える。
⑤いつか再び会えるのではないかという希望を残して、復興しつつある東京でパルクールをするシーンでエンド。

 ①、②はごく普通のボーイミーツガール+ファーストコンタクトに人魚姫のエッセンスを加えたものです。ウタの服装がちょっとダサいとかヒビキの聴覚障害設定が安易すぎるとか言いたいことはありますが、筋はわりと普遍的な要素でできています。

 ③で重要なのがアンダーテイカーで、この人はヒビキとウタのパフォーマンスを最も間近で見て、その後ハイテクシューズを提供してくれるという重要な役目があります。このシーンの、片腕を失いつつもクレーンを駆け上がり、笑顔でフラッグを手に入れるウタはこの映画で最も美しいパートだと思います。ところでこのアンダーテイカー・リーダー(EDクレジットママ)は、本人ではなく手のひらの機械が合成音声でしゃべるという特異なキャラクターです。

 何か思い当たりますね。そう、アンダーテイカー・リーダーは、第2の人魚モチーフのキャラクターとも言えます。
 テクノロジーの声と足を手に入れ、王子に挑むも、王子と人魚の姿に心を打たれ、海へ落ちていったもう1人の人魚。それがアンダーテイカー・リーダーです。そして④に至ると、彼は海の魔女としてヒビキたちに足を与える。この役回りの変更こそ、『バブル』がテーマの1つとして掲げているものです。
 マコトが言っていたように、人はいずれ元素になって元の形を失ったとしても、再び別の何かの材料になるのです。

 シンも隠居していた自分という役割を脱ぎ捨て、ヒビキを助けるために東京タワーへ赴きます。そして、義足を破壊しながらも、彼をウタのもとへと押し出してくれます。
 アンダーテイカー・リーダーは仮面と靴を、シンは義足を対価として、新しい自分へと生まれ変わります。これはつまり、ウタもそうならない理由はないのだという宣言に他なりません。

 小さな希望というのは、そうしたものです。たとえ元素に分解されたとしても、何かの材料となり、再びヒビキと巡り合える可能性。ささやかな祈りのような期待。それを映像で示したのが、⑤の復興しつつある東京とパルクールに興じるブルーブレイズなのでしょう。
 だから私は、この終わり方を好きだと思えます。


 はい、大体いいところは書き終えたので、ここからは悪いところをひたすら列挙します。

 まず世界設定がおかしい。東京以外は平和っぽいのになぜわざわざ物資を賭けて試合をしてるのか。アンダーテイカーみたいに配信して稼いだお金で買い出しに行ってください。というか配信している前提にしてくれれば、パルクール中にいちいち挟まれるトリックが『ファンサービスのため』という大義名分ができて一石二鳥なのに。本編だと『最短でフラッグを取った方が勝ち』というルールなので、トリックを挟むメリットが皆無です。

 マコトがさらわれるシーンでも、わざわざ誘拐シーンをYouTubeで配信してるせいで世界の平和さが浮き彫りになっていて、こいつら東京に不法滞在して何してんねん感が凄まじいです。しかもマコト本人があんなに目立つ場所に置かれてるというのに、素直に試合で勝って取り戻そうとするブルーブレイズはどうかしている。大義はこちらにあるんだから直接助けに行ってあげてほしいです。それなら通常のパルクールとは違うバトルになって新しい面白さが生まれたろうに。

 『東京だけ崩壊中で、それ以外は通常運転』という設定はやはり足を引っ張っています。おそらく当初の設定ではもっとポストアポカリプス的な方面に寄せていたのでしょうが、現状では登場人物全員が『わざわざ危険地域に来て危険な遊びをするクソガキ』です。「ここにいる奴はこれが生きがいのバカばっか」と冒頭で説明されていますが、上述のようにそれだけでは到底納得のいかないレベルのバカです。

 そういうわけで、ラストシーンのパルクールは爽やかさを感じるいいシーンではあったものの、『重力が戻ったせいで現実のパルクールと変わらない』『工事中のおっちゃんに迷惑をかけている』という合わせ技で、なんだかちょっとイラッとくるパートでもあります。このへんは『天気の子』で線路を走るシーンと近いものがあるのですが、『天気の子』が主人公を応援したくなるような気持ちにさせられたのに対し、こちらはそうでもない。結局、この物語で変化を遂げたのは上で挙げた4人だけで、他のメンバーは特に成長していないからでしょう。

 成長で思い出しましたが、この物語は何かを捨てることで成長、変化を表現しています。アンダーテイカー・リーダーは仮面と靴、シンは義足、ヒビキはヘッドフォン、ウタは人の姿。
 その中でもヒビキは主人公としてパルクール中に象徴的にヘッドフォンが脱げます。そして以後、何も付けずに生活します。
 さすがに聴覚過敏の症状を簡単に克服しすぎでは……? 子供の頃からずっと治らなかったのに……?
 このへんちょっと、昔ながらの『悲しい過去を持つヒーロー』と『ヒロインとの交流が万能薬として作用するメソッド』を感じてノリ切れなかった部分です。この後から終盤にかけてようやくヒビキの好感度が上がってくるのですが、やはり全体を通して作り物っぽい主人公だという印象はあります。いっそキャラクターは8割削ってもっと主演2人にスポットを当ててほしかった。アンダーテイカー・リーダー(表記めんどくさい)も、もうちょっと見たいです。

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