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NIGHT OUT vol.2

どうしたら強く生きられますか?

そう聞くと、彼女は凛とした笑顔で答えた。

「自分に正直でいることでしょうか。私、理不尽が嫌いだから。気づいたらこうなっちゃった」

眩しいショーウィンドウの光と、ほの暗い夕闇の入り混じる銀座。桜舞う夕暮れの空と同じ色のコートを羽織って現れたのは、橘みつさんだ。

彼女は、女性同士の性風俗店「リリーヴ」のオーナー。
コートの左袖からは、色を入れ直したばかりだというピンクの花のタトゥーがのぞいている。

「今日はなんで来たの?って、お客さまにいつも聞くんです。あなたは本当に、女性とセックスしにきたの?って」

白い陶器に、青い花が散りばめられたティーカップを両手で支えながら、彼女は目を細める。

みつさんが夜の世界に入ったのは3年前。

新卒で入った会社で体調を崩し、3か月で退職したあと 「お金が稼げるから」と、銀座のホステスとして働き始めたことがきっかけだった。

「あの頃は頑張っていたけれど、甘かったですね。高い給料に何が含まれているのかに気付けなかった」

夜のお店で働くからにはトップでいたい、ある程度の地位のある人と知り合いたい。そんな焦りを抱えた彼女に降りかかったのは、繰り返されるセクハラだったという。

「一流のホステスなら受け流せたのかもしれません。
でも私は自分や周りの女性がモノのような扱いを受けていることに耐えられなくて。鬱が悪化して、逃げるように辞めました」

その後、さまざまな接客業を転々としたのち「レズ風俗」に出会った。

「もちろんセックスが目的の人もきます。でも、お客さんの多くにとって、セックスは手段なんです」

会って話したい。お買い物に付き合って。ただハグしてほしい…客さんの望みは様々だ。

「みんな、寄り添ってくれる誰かが欲しいんです。
今って、自分だけに120%、関心を向けてくれる人も時間もないけど、私たちならそれができるから」

寂しい。悲しい。大切にされたい。
ふと湧いてくるそんな気持ち。いつも我慢している秘密の感情。

家族にも、友人にも、恋人にも話せない。
だけどもし、レズ風俗にくれば、彼女にお金を払えば隠していた自分の本音を正直に話しても、誰からも嫌われない。

みつさんは、お客さんからのそんな期待を一手に引き受ける。

「本当は、自分の本音を隠す必要なんてないはずなんですよ。
でもね、自分に正直でいることを、社会は許さないかもしれない。だから私といる間だけは、飾らない自分でいて欲しいんです」

「泣いて帰るお客様も多いんです。
自分が気付いていなかった感情に驚いて泣き出す人、何も話さずただ涙をこぼす人、いろいろ」

何かを思い出すような目をしながら、みつさんは話し続ける。
この柔らかい表情で、何人もの心を解きほぐしてきたのかもしれない。

でも、と私は思う。

欲望や願いといった、人の生の感情に向き合い続けることは、自分にとっても大きな負担のはずだ。
それでも彼女が「寄り添える誰か」になることを望むのはなぜなのか?

「私、昔から家に居場所がなかったんですよ、両親の仲が悪くて。ああ、自分がいなかったらこの人たちは別れられるのに。なんで私はここにいるんだろう、って」

彼女の表情が少し苦く変わる。

物心ついた時から、父親と母親の中を取り持つ「係」をしていたという。

「母は私がどんなに泣こうが、目の前で腕を切ろうが、自分のことしか見えてないんですよ。

父は父で家にいなくて…よその家族と楽しんでた。私のことは大切にしてくれないのになんで別の子は可愛がるんだろう、ずるい、って思ってました」

私がどんなことをしても、私が求めた平和な家庭にはならなかった。彼女は俯く。

「今では仕方ないって諦めていますけど、本当は嫌だったんです。私だって寄り添われたかった。
だから、私が全部やるって思ったんです。誰からも認められない苦しさを知っている私だからこそ、この仕事ができるって」

たぶん、みつさんは自分の存在を否定し、極限まで追い詰めた家族のことを許していない。

ただ、彼女が経験し、乗り越えてきた修羅場は確実に、彼女の強さにつながっていて。だからこそ、誰かの願いを抱きしめ続けることができるのだと思う。

みつさんは自分の職業を「夕方の仕事」と呼ぶ。
昼と夜の境目。曖昧であるからこそ、何かの狭間でもがく人が見つけられる場所だ。

「今の自分を変えたい、でも怖い。そんな方とお会いしたいんです。恥ずかしがらなくていい。
私はどんなあなたでも受け止める。ちゃんと見てるから」

昼と夜のあわいで、彼女は今日も誰かを待っている。

※NIGHT OUTは、私が個人として続けているインタビュープロジェクトです。「夜の街」をテーマに、普段は聞けない「大人の話」を深掘りする連載です

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