ウルトラマラソンで生活するとはー『小さな村のウルトラランナー　重見高好の挑戦』（大川卓弥　NHK出版）

2013年から2014年にかけて、NHKの「応援ドキュメント　明日はどっちだ」という、関ジャニの横山くん、渋谷くん、村上くんがパーソナリティやっていた番組の中で取り上げられたランナー重見高好さんについて、実際に取材を行って番組構成を行った映像プロデューサーの大川卓弥さんが書いた本。この番組、見るともなく見ていたこともあった気がするのだが、複数の人を同時進行で取り扱っていたので、ウルトラマラソンのランナーの人がいたこと自体記憶に残っていなくて、たまたま図書館で見かけたこの本を読んで、色々な意味で驚かされた。

家が貧しく、しかも親子関係が上手く行っておらず、友達も作れない内向きな少年として育った重見は、中学で、強制的に入らなくてはいけなかった部活動で陸上を選び、長距離ランナーとしての才能を開花させる。特待生として地元の私立高校に進学するが、免除された授業料以外の費用、更には生活費までをも自弁するために学校に隠れてアルバイトをせざるを得ず、それが露見して学校を一年足らずで退学に。そして父親に勘当される。何故、15歳の少年がそんな状況に置かれなくてはならなかったのかということに驚かされる。行政とか、学校とか、相談場所はどこにもなかったのか。重見は1982年生まれ。高校を辞めた時は20世紀末。その時代に、15歳の少年に自力で生きることをここまで厳しく強要する状況が存在すること自体、想像すらしていなかった。一旦走ることもやめて、バイト先で仕事を続けていたが、やはり走りたい、それも実業団に入って、と思い、そのためには最低限高校は卒業していなくてはならない、と認識し、通信制の高校に入り直し、仕事をいくつも掛け持ちしながら自己流のトレーニングを続ける。その姿を見ていた人が色々アドバイスをしてくれるようになり、実業団のある会社への就職を斡旋してくれた。この本の中で初めて現れた仏のような存在である。

2つの実業団チームで、初めて系統的な指導を受け、社会人としてのマナーも身に付け、それなりの実績を上げていた重見だったが、2009年のびわこ毎日を、2時間18分31秒という不本意な記録で終えた後、体調の不良等もあり、二度とフルマラソンを走ることないまま、実業団を退社。一旦走るのもやめてしまうが、自分には走ることしかない、と思い定め、新たな目標としてウルトラマラソンを走ることを志す。「結局、走る思いがあって、やめられなかったです。競技者として自分はやってきたから、趣味で走るというのは求めていなかった。自分は、勝負をしたい。これだったらどうなのかなと。一人で、気が済むまで挑戦してみようと」(p.95)　走ることで生きてきた人間の覚悟、みたいなものに心打たれる。それは、市民ランナーとしてふわふわ走っている自分には見えない世界だ。

そして2012年のサロマ湖ウルトラマラソンで3位入賞。そのサロマに向けた練習で訪れた長野県売木村で、重見の走りが村長の眼を引く。重見に売木村の名前の入ったシャツを着てウルトラを走らせ、多くの観光客を呼び込めないか。地域おこし協力隊、という制度を利用して重見を村の臨時職員にして、村内で練習し、ランニングやトレイルランのイベントなどを企画してもらう。村内の人へのランニング教室なども行い、長野県市町村対抗駅伝大会に出場したりもする。「走る村うるぎプロジェクト」は現在も進行中だ。2013年の白山白川郷100キロウルトラマラソンを大会記録で優勝した様子や同年の神宮外苑24時間チャレンジマラソンで国内最高記録を出して優勝した様子はこの本の中で克明に描かれている。走ったり歩いたりして、エイドで苦しくなるまで食べたりしながらのんびり走っているわたしのウルトラマラソンとは全く違うレースを走っている。

多くの高速ランナーは実業団に所属して、駅伝に出たり、マラソンに出たりしている。川内優輝選手のように、公務員をしながら市民ランナー並みのペースでレースに出続け、その後、プロランナーとなった人もいるし、走りなながら食べていく、という中にも色々なやり方が出来てきていることを、自分のような不勉強な人間でも知る機会が増えてきた。しかし、村に所属して走る、という生き方はこれまで考えたこともなかったし、幾つかの幸福な出会いが彼をそこに連れて行ってくれたのだとは言え、この本を読んで知ったことは驚きまた驚きの連続だった。

マラソンは年を取るまで細く長く続けられる趣味だが、プロのランナーとして現役を続けるのは、加齢とか故障とか色々障壁との闘いとなる。そんな中で挑戦を続けている重見さんを応援したい、という気持ちにさせてくれる一冊だった。

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