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一條次郎『レプリカたちの夜』(毎日読書メモ(340))

知らない本や著者の中から読んでみようかな、と思う作品を選ぶ時の基準は、新聞広告か書評欄などで見かけて、なんとなく呼ばれている感じのする本。一條次郎『レプリカたちの夜』(新潮文庫)は先週、d-magazineで週刊誌の書評欄をまとめ読みしていた時に、新刊『チェレンコフの眠り』(新潮社)が紹介されていたのをきっかけに、まずはデビュー作を読んでみよう、と思って手にとってみた。

伊坂幸太郎「とにかくこの小説を世に出すべきだと思いました。ミステリーかどうか、そんなことはどうでもいいなあ、と感じるほど僕はこの作品を気に入っています」
選考委員絶賛の驚異の新人、第2回新潮ミステリー大賞受賞作!!

と、amazonの『レプリカたちの夜』の紹介に書かれている。2015年に第2回新潮ミステリー大賞を受賞してデビュー(選考委員は伊坂幸太郎、貴志祐介、道尾秀介)。み、ミステリー大賞? これってミステリーなんですか? 読み始めてすぐに大混乱。選考委員自身が「ミステリーかどうか、そんなことはどうでもいい」と言ってるくらいですから、ミステリーではないのか…作中で人が死んでる、ような気がする。そして犯人を捜している、気もする。でも、ミステリーではない、んじゃないかな、伊坂幸太郎の言う通り、そんなことはどうでもいいんだろう。
野生動物がいなくなり、動物園に残った動物たちも少しずつ死滅していき、野生動物のレプリカが工場で作られている未来社会だかパラレルワールドだか。そして、逆に稀少性のあまりないペット動物は絶滅してしまった、らしい。登場人物たちの記憶には何となく残っているくらいの比較的近い過去に。
レプリカ工場の様子はちょっと、村上春樹「踊る小人」(『螢・納屋を焼く・その他の短編』所収)に出てくる象工場のような感じ。
そんなレプリカ工場で、夜、残業していた品質管理部の往本おうもとが工場内を歩くシロクマを見かけ、襲われそうになったところから物語は始まる。シロクマのレプリカも製造されているが、レプリカは動いたりはしないし、材料がぎゅっと詰まっていて人が中に入ることも出来ない。このシロクマは本物なのか、着ぐるみなのか? どこから来たのか? 何のために?
? いや、往本は本当にシロクマが歩き回るところを見たのか? 工場長から調査を命じられ、被毛部の粒山、資材部のうみみずと話したり行動しながら操作を続ける往本だが、次第に自分がしていない言動をしていた、と言われるようになり、記憶の欠落を疑うようになる。そして自分にはドッペルゲンガーがいる疑惑。突然シロクマが自分の上司になる。工場の中で大混乱が発生するのに、何故か工場全体としてパニック的な反応がない。自分が見ているものは現実なのか? 登場人物たちの一挙手一投足なにひとつ信じられなくなってくる読者。
引用される音楽作品や、小説など、作者が好きな世界観を提示することで、読者はそれらの作品の世界観にリードされ、グルーブする(巻末に参考文献リストが載っている)。何もかも混沌としているのに、それを受け入れようという気持ちになっていく。最初で提示された謎は何も解き明かされなくてもいいのか?
痛みとかグロさとか、様々なものが描かれるが、不思議と不快感はない。往本が見る世界は粒山やうみみずが見る世界と、重なり合っていない部分もあるが、オーバーラップした部分に、何かがある、というぼんやりした手触りや存在感。
先月、パンダを見に上野動物園に行った時にシロクマも見てきたので、シロクマの大きさとか、狂暴そうな感じ(角幡唯介『極夜行』に出てきたシロクマが超怖かったし)にリアルなイメージがあり、シロクマと共存する世界はきっと怖いぞ、と思った。
小説の中に結論はないが、結論がないのが結論なのか?
頭くるくるしつつも、不思議な歓びのある小説。またほかの作品も読んでみなくては。

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