[小説]痛くも痒くも甘くもない/#2
火曜日 子どもの頃の勘違い
体育館のギャラリーにいると、昼休みの生徒の賑わいが聞こえる。特に運動部の子たちはお昼を食べてすぐに体育館に来るけど、運動音痴の私にはどうしてそんなことをするのかわからない。きっと目の前に座っているいちかも、わかっていない。
いちかは今日は購買で買ったメロンパンを食べている。私はわりと大食いなので、メロンパン一個などでは腹は満たされないため、今まで購買は利用したことがない。
「ねえ、いちかってさ、子どもの頃勘違いしてたことってある?」
「え、なんだろう。指切りげんまんしたことを破ったら本当に針千本飲まされると思ってたかな」
「素直だね。ちゃんと約束守ってたの?」
「うん、ほとんどはね。一回だけ友達の好きな人の話を聞いた時、絶対誰にも言わないでって言われたんだけど、どうしても教えてくれないと友達やめるよって言われて言っちゃった」
「それはいちかは悪くないよ」
「そうだよね。結局針千本飲まされることもなかったし、ああいうのって誰が考えてるんだろうね」
誰かがスリーポイントシュートを決めたらしく、歓声が聞こえた。見ると大きな円になるように喜んでいる。
「で、るなは?」
食べかけのメロンパンで私を指差しながら、私の勘違いについて聞いてくるいちかの顔は、ちっとも私の話に興味なんてなさそうだけど、とりあえず話さないと目はそらしてくれなさそうだ。
「小学校の時ね、ずっと仲良かったお友達が転校したの。で、小学校のときに携帯なんて持ってないから、文通をしようって話になって」
私が話し出すとお弁当を食べる手が止まるので、いちかもパンを食べるのを中断してくれる。いつも同じタイミングでご飯を食べ終わるのは、きっといちかの気遣いのおかげだろう。
「私、ポストに投函したら、そのポストはお友達のお家の近くのポストに繋がってるんだって信じてたの」
「え?宅急便制度フル無視だったんだ」
「そう。だからポストに入ったらお友達のところに行けるって信じてた」
「相当メルヘンな子だったんだね、るなって」
「んー、そうかも。だからお友達からの手紙もポストからもらうものだと思って、ずっとポストの前で待ってたの。返事がくるのを」
「ずっとって、どれくらい?」
「二時間」
「二時間?!」
いちかの声が体育館に響く。幸いバスケのドリブルの音と調和して、誰も私たちに注目したりしなかった。
「小学生にとっての二時間って、今のうちらの五時間みたいなもんだよ」
人生百年だとして、百歳の人にとっての一年は百分の一だけど、三歳にとっての一年は三分の一だ。だから相対的に、歳を取れば取るほど一年が過ぎるのが早く感じたりするらしい。
「でも、なんで二時間も粘ってたのにやめちゃったの?心配したお母さんが迎えに来ちゃった?」
「ううん、違うの。そうだったら良かったんだけどね。バイクに乗った郵便屋さんが来て、ポストを開けて手紙を持って行ったの」
「目の前で夢を壊されたのね。大人ってこわいね」
いちかは大人になりたくないといつもぼやいている。大人になりたくなさすぎて、唐突に騒ぎ出したりもする。
でも私に時間を止めることもできなければ、大人になるのも悪くないとプレゼンするほど自分も大人になりたいわけでもないから、いつもただ落ち着かせるためにチョコレートをあげることしかできない。
「それでどうしたの?追いかけた?」
「まさか。ショックで一歩も動けなかったよ」
思えばあのとき、街ゆく人は私を見てどう思っていたのだろう。ポストの周りをぐるぐる回っている少女を、変な子だと思っていた人もいたに違いない。
今の私がもしそういう子どもを見かけたら、私だって声をかけることはできない。いや、もしかしたら自分にも同じ経験があるから、意外と仲良くなれるのかもしれない。
「でも、やっぱりすごいよね。子どもの発想力とか空想力って。なんか自分はこの年になってそういう柔軟性なくなってきたと思わない?そういうの考えてたら、また大人に近づいたなって思っちゃう」
私はやっぱりポーチからチョコレートを取り出して、いちかにあげた。
チョコしかあげていないから、明日はグミにでもしようかな。
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