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5章-(6) カアチャンじゃ!

みさは地蔵堂の裏で、こっそりかよとおつる様に会う時に、もんぺの隠し  から、新しいお手玉を3つ取り出した。

「こん次、三の割に戻るとき、あんちゃんにこれ渡してな。ええ音がする  じゃろ」

みさは大事そうに、かよの耳元でひとつを振ってみせた。シャラシャラとよく乾いて、軽やかな音がする。

「何を入れたん?」                                                                                       「アズキや大豆はもったいのうて、入れられんけん、前から貯めとる数珠玉を入れたんじゃ。川の側でぎょうさん採れるけん、お手玉やこ、なんぼでも作れるで」

みさも作造とうちゃんに似て、手作業がうまいのだ。着ている格子の着物はつんつるてんだけど、よく見ると、つぎはぎも格子に合わせて、目立たないように縫ってある。

「またあんちゃんとお手玉競争してぇんじゃ。これ渡すとき、そう言うてな。じゃけど、とうちゃんが泊まりに出る日は、めったにねぇけん、いつ 三の割に行けるか、わからん」

みさはしょげて、お手玉をなでている。                 かよはふっと思いついて言ってみた。                  「もしあんちゃんが、お屋敷の田んぼの手ごうに来たら、昼メシの後か、 仕事の後に、ここでやりゃ、できるんじゃねぇの?」

みさは飛び上がって喜んだ。                    「それええな。おつる様、聞いとったじゃろ? みさねぇちゃんが、ここで、あんちゃんとお手玉競争するんで!」

おつる様は、みさの顔を覚えていて、にいっと大きく笑顔を見せ、身体を揺すってはしゃいだので、みさがますます喜んだ。

「うちは赤ん坊産んだら、ぜってぇ、流したり、床下へ入れたりせんけん!ぜってぇ、何人でも育ててみせるけん。見とってな、おつる様!」     川に流されたかもしれなかったおつる様に、妹を床下で亡くされたみさの、強い願いの宣言だった。

かよはほんとにこの先、あんちゃんとみさが結ばれたらいいな、と思わず にはいられなかった。

ところで、啓一は毎日忙しく過していた。朝は鶏のえさやりと卵取り、糞集め。朝メシがすめば、保のござを出しておき、大人が保をござに座らせれば、日の光を案配してやり、そのあと、学校へ走って行く。帰りには、六地蔵脇の作造おっちゃんが、田んぼに出ていれば、諦めて家に帰り、保に習った文字を、かよと同じように、地面に書いて教えてやる。
その時に一文字ずつ、声に出させることを思いついて、保に何度も言わせた。文字を書いてみせて、その読み方を言わせるのだ。声を出すこと自体が、最初はやりにくかったが、少しずつ出せるようになった。

かよも真似して続けているうちに、保はかなりの字を声に出して読めるようになった。そのうち、かよはふと保が「カアチャン」と言えて、おキヌさんを呼べるようになったら、おキヌさんがどんなに喜ぶかと思い立つと、ワクワクして、啓一と示し合わせて、2人でくり返し特訓した。

教える方も覚える方も、嬉しい目標に向かって熱中した。保が意味がわかっているのかは怪しいのだが、2人のまねして言えれば、2人が手をたたいて喜んでくれるので、保はまもなくはっきりと言えるようになった。

かよはおくさまがお昼寝を始め、おつる様を胸に抱いて庭へ出る時、おキヌさんに保の様子を見るよう誘った。すると、おトラさんが娘に乳を飲ませた後、大好物の揚げせんべをかじっていたのだが、「保っちゃんにこれを」と2枚分けてくれた。おキヌさんは嬉しそうに押し頂いて、台所を出た。

おキヌさんは夜になれば、息子の身体を洗い、食事をさせ、休ませてやるのだが、昼間の姿を見に門近くまで出ることは、めったになかった。

門へ近づいて行くと、ひさしの下のござの所で、ちょうど保と啓一が文字を書きながら、声を上げているところだった。それだけで、おキヌさんは驚いて、足を止めかけた。

かよたちが近づくと、保が顔を上げて、                  「カアチャンじゃ」とはっきりした声で叫んだ。かよと啓一も初めて聞く 叫び声だった。

「ええっ!」                            おキヌさんは、揚げせんべを取り落としてしまった。啓一がすっ飛んできて、拾い上げると、かよといっしょに、驚きの目を見あわせた。保はわかっていたのだ。カアチャンの意味を!

おキヌさんは、保を抱きしめて、揺すって、また抱きしめた、泣きむせびながら。                                                                                                          「・・ほんまに・・ありがてぇことで・・おふたりにゃお世話をかけてしもて・・お礼もなんもできんのに・・」

保は頬も色づいて、目が生き生きと輝いていた。お日さまの力をもらって、生き返ってるみたいだった。かよと啓一は、顔を見あわせて、自分たちの 成果を、おキヌさんに見せることができた誇らしい思いを、分かち合った。

啓一はせんべの土を払って、保と一枚ずつ揚げせんべをかじりあった。 

かよはその後、門の外へ出て、いつもの散歩に出た。みさは毎日のように、地蔵堂の裏へ行くために、家の仕事を手早く済ませて、何かしら手仕事を 持って来て、やりながら待っているのだった。

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