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5章-(1) 姉手紙・母電話!

志織姉のその後を気にしながら、毎日の課題をこなしているうちに、12月の1週目が終ろうとしていた。夕食が終って、食堂を出ると、いつもの習慣で、さ行のポストに目を向ける。航空便だ! 香織宛てだ! 胸に抱きしめて、ドキドキしながら、自室に戻った。

「愛しい妹、香織へ

3度目の法廷での結果で、やっと嬉しいと言える報告ができることになって、よかった! ほんとにほっとしています。いつか香織が書いてくれた でしょ、つまり、男性側が避妊の手順をせず、女性側のみを責めるのは  ひどいと、私はそれを私の証言に入れこんで、法廷で話したのです。陪審員の女性たちが、大きく頷いたのが見て取れました。その証言のすぐ後に、 ご両親の弁護士が、相手の男性が他の女性とも関係を持っていたことを、色々と苦労して調べ上げてくれて、その証言者の1人である女性も、出席 してくれていたのです。その2点で、陪審員たちは、一気にご両親を支持 する側に傾きました。

男性側は、言い訳じみたことを言いかけましたが、陪審員からも、法廷の 見学者からも、ブーイングが激しく出て、彼は黙りこむしかなくなりました。そんなわけで、結局、裁判長の調停で、両者で話し合って、男性側が 医療費と賠償金を払うという結論になったのです。

私の予測では、解決までにずいぶん時間がかかって、何度も法廷によばれるのでは、と気が重くてならなかったのだけど、ようやく少し胸が晴れました。少しだけね。だって、ジェインは永久に戻っては来ないのだし、ご両親の哀しみ、悔しさを思うと、晴れ晴れとした気分にはなれないもの。命の 重みというのを、身に迫って感じるわ。

香織は元気にしているのでしょうね。編み物やりすぎて、寝不足したりしないでよ。今度私が帰るのは、春休み頃にする予定です。こちらの冬の方が 過しやすいからね。ではまたね。直ちゃんによろしく!結城君にもポール君にもよろしくお伝えください。 志織」

香織もよかった、おねえちゃんの気鬱が少しでも軽くなって、と手紙を大事に引き出しにしまった。結城君にもお礼を言っておこう、姉からのよろしく、といっしょに。

その日も、いつもの手順で予習復習を黙学時間に終え、編み物のほぼ終え かけていたのを編み上げて、お風呂に行こうと準備を始めていると、ノックの音が聞こえた。
「笹野さんにお電話です」
と、週番の声は、元かえで班班長の瀬川春子だった。

香織がふと机の上の置き時計を見ると、10時5分過ぎだった。こんなに遅く なんて、だれだろう?

急いで電話室へ下りて行った。瀬川さんは週番の仕事を終えて、さくら班の自分のへやへ向かいながら、香織にひと言残して行った。
「お母様みたいでしたよ」

そのひと言に、香織は何事だろうかと動転しながら、電話室へかけこんだ。
「もしもし」
「ああ、香織、やっと電話ができたわ。パパがね、夕方に救急車で入院したの。今やっと私だけ帰ってきたところなの」
「えっ?  パパが入院?   救急車で?   どういうこと?  けがしたの?」

香織の胸は早鐘を打ち始め、壁にもたれながら、ずるずるとすべり降りて、座りこんでしまった。

「くも膜下出血かも、て言われて・・」  
ママも動転している声だった。
「午後に仕事から帰って来た玄関で、私が出迎えると。目の前でふらついて頭を痛がったの。すぐ救急車を呼んだの。パパの父上は43歳でくも膜下出血で亡くなってて、2人で気にはしてたのよ、タバコもお酒も控えて・・」

パパは、45歳だ。えっ?  亡くなるようなひどい病気なの?  そんな若さで?
香織はふるえてふるえて、涙があふれて止まらない。パパは14歳で父親を  亡くし、29歳の時、母親が乳ガンで58歳の若さで亡くなっているのだ。
パパ、お願い!  生きていて! ぜったい 死なないで!
香織は受話器をにぎりしめて、ママの次の言葉を待った。

「検査をすぐにしてもらったけど、手術になりそう、ですって。先生も慎重に治療を考えて下さっているの。私は救急車にいっしょに乗って行き、パパが検査室に入った頃、看護師長に言われて、タクシーで家に戻ったの。入院の準備の品々やお財布を持って、おとうさまのことを、いつも来て頂いてる吉野さんにお願いして、病院へ飛んで帰ったの。手術中の青いマークに変 わっていたわ。先生は手術を選ばれたのよ。今は終って、集中治療室で眠ってる。空港の方へ当分欠勤の連絡したり、パパの歯医者の予約を取り消したり、8時に眠るおとうさまに薬を飲ませたり、私の生徒たちに、教室をしばらく休みますと、連絡を流してもらったりして、やっとあなたに電話する ことができたの」

「・・おねがい、ママまで倒れないでね」
香織はやっとの涙声で、小さく言った。


   
   (画像は 蘭紗理かざり作)

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