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寄り添い、生きる

 ここはちいさな村。人口は約800人。すこし下調べをしたから僕と香苗かなえは夫婦でこの村に引っ越してきた。もともとは東京に住んでいて、妻といずれ田舎暮らしをしたいねと話していた。なぜ、田舎に住みたいと思ったのかは僕は妻の気持ちと同じで、東京にいた時のように、あくせくしないでゆっくりと過ごしたい、と思ったから。

 僕は鈴木義人すずきよしと、40歳。職業は東京にいた頃は、サラリーマンをしていた。道路工事の現場で使う重機の販売・営業をしていた。正直東京に住むのは疲れた。香苗も同じ思いのようだった。ちなみに香苗は32歳。
 いまは夏。自給自足生活を始めて約3カ月が経つ。香苗は、
「そろそろ子どもが欲しいなあ」
 そう言っている。でも、
「僕は、香苗と2人で生活したいな」
 と言うと、
「子ども欲しくないの?」
 香苗は言った。僕は、
「香苗がいれば子どもはいらないよ」
 すると妻は、
「うれしいこと言ってくれるじゃない」
「だろ? だから2人きりで暮らそうよ」
 香苗は難しい表情をしている。
「でも、やっぱり子ども欲しいな」
「うーん……そうかあ。これから出産して子どもが成人まで育てるとなると、僕は60歳を超えるな」
 まじめな顔をしてそう言うと、
「それじゃ、いやなの?」
 図星だった。でも、
「いやってわけじゃないけど……」
 僕はウソをついた。
「じゃあ、いいじゃない」
 ふっとあたまに浮かんだことをくちにした。
「おかねがかかるよ。僕は40代だから病気にかかるかもしれないし」
 香苗の目付きがするどくなった。
「そんなのあたしだっておなじよ」
 僕はかえすことばがなかった。なので、正直に言うことにした。
「子どもはいらないよ。子どもがいたら子ども中心の生活になるだろ? それがいやなんだ。だから、こうして2人で生活していきたい」
 香苗はさらにけわしい表情になった。
「義人の意思はかたいようね。でも、あたしもおんなに産まれた以上子どもは欲しいの。だから、またべつの日にはなすよ」
 もうはなす必要はない、僕はそう思ったけれど言わなかった。

 翌日の朝8時ころ。僕と香苗は、はたけに向かった。仕事をするのだ。天気も良い。

 直射日光が僕等をジリジリと照らすのですこしめまいがした。香苗のことも心配になり、
「すごい日照りだから休みやすみやろう」
 と言うと、
「うん」
 へんじが来た。
「冷凍庫にアイスあったか?」
 香苗はあせをかきながらあたまを上げた。
「うーん、どうだったろ。見て来るね」
 妻は、仕事をはじめてから1時間くらいしか経ってないのにあせがながれていた。だいじょうぶだろうか? 顔色もすぐれていなかったような気がする。しばらく経ってももどって来ないので、心配になり、僕は家に見に行った。すると香苗はソファにうずくまっていた。
「香苗? だいじょうぶか?」
 へんじがない。よく見てみると、どうやら寝ているようだ。寝息が聞こえる。仕方ない、今日は僕ひとりで仕事をしよう。

 そこに、近所のおじさんの斎藤さんがあるいて来た。こちらを笑顔で見ている。60代くらいだろうか。訊いたことはないが。
「こんにちはー」
 とこえをかけると、
「オッス!」
 言ってくれた。
「今日はひとりかい?」
 斎藤さんは笑みを浮かべていた。
「そうなんです。家内が体調わるいみたいで家でやすんでいます」
「あら! 奥さんだいじょうぶかい?」
「だいじょうぶだと思います。疲れがたまっただけかと」
 斎藤さんは心配そうな顔付きになった。
「無理をさせちゃいかんよ」
 今度はけわしい表情に変わった。
「はい、だいじょうぶです」
 ふたたび笑顔になり、
「あとからおかず持ってってあげるよ」
 コロコロ表情が変わるひとだ。
「いえいえ、いいですよ。きもちだけいただきます」
 斎藤さんはわらいだした。
「まあ、遠慮せんでいいよ。たいしたものじゃないから」
 僕は斎藤さんのきもちを受け入れることにした。
「いいんですか? ありがとうございます」
 東京ではありえない近所付き合いがここにはある。ありがたい。

 昼休みは12時30分頃からはいった。僕は妻のようすをうかがった。
「香苗? 具合いはどう?」
 からだをよこにはしていたが、目が開いている。きっと僕が昼休みにはいってドアのおとで起きたのかもしれない。
「義人……。ごめんね、仕事てつだえなくて」
 まだ、顔色が青白い。
「いや、いいのさ。具合いがわるいときは無理しないほうがいいから。それと、斎藤さんがあとからおかず持ってきてくれるって」
「えっ! マジで? あー……心配かけちゃった。でも、なんであたしがぐあい悪いこと知ってるの?」
「斎藤さんが声かけてくれてさ。今日はひとりかいって」
 香苗が起きようとしたので、それを制するように、
「まだ寝てていいよ」
 と言うと、弱々しい声で、
「ありがとう」
 香苗は言った。
「つかれがたまったかな」
「そうかもね、この村に来てから1日もやすまずはたらいてきたからね」
 僕も妻と同様に1日もやすんではいない。でも、ぐあいはわるくない。まあ、香苗は家のこともやっているからなおさらつかれるのだろう。
「あしたにそなえて今日はゆっくりやすんでね」
「義人はあいかわらずやさしいわね。あたしにはもったいないくらいのいい男だわ」
「なに言ってるの。香苗もいい女じゃないか。僕にはもったいないよ」
 2人してわらっていた。こういうふうに夫婦でわらっていられるから子どもはいらないのだ。香苗とは一生一緒に寄り添って生きていきたい。

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