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漁港に建つ小屋の内部を見せていただいた

遠く離れた太平洋側の神奈川県と日本海側の秋田県・青森県の漁港で、漁船を陸揚げするウィンチの収納小屋の形状があまりにも類似していて驚いた、という記事を以前に書きました。

その小屋群がある一方の神奈川県鎌倉市の漁港を再度訪れたところ、小屋を所有している漁師さんからお話を伺い、小屋の内部も見せてもらうことができました。
今回はこのお話をしたいと思います(訪れたのは2021年1月の緊急事態宣言が発令される前です)。

まずはどんなロケーションかを、おさらいしておきます。
海に面して小さな小屋が並んでいます。こちらの写真は陸側から見た様子です。

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海側から見ると、ちょっとわかりづらいですが中央横一列に15軒ほど並んで建っているのが見てとれます。

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漁船は1-2名が乗り込む程度の小型船が主です。自動巻き上げのウィンチが導入される以前は、浜に設置された柱と船とを綱でつなぎ、人力で巻き上げ陸揚げしていたとのこと。当時は木造船だったでしょうからそれなりの重さがあったに違いありません。砂浜には船が滑りやすいように、また船底が傷まないように油を塗った丸太を敷いて船を揚げ下げしていたそうです。昭和40年代生まれの漁師さんは、船を人力で陸揚げする風景を覚えているといいます。
それがどのようなものだったかを今の漁港の様子からは想像することもできません。ネットで調べてみると、どうやら一般的に「かぐらさん(神楽桟)」という曳き道具が使われていたようです。
教えてくれた漁師さんとは別にもうひとり、漁港にいた年配の女性にも同じ話を聞きましたが、船を海から揚げる道具や作業のことを「よいとまけ」と呼んでいたと言います。「ヨイっと巻け」ということでしょうか。周りに漁師仲間がいれば互いに協力しながらやったそうですが、「人がいないときは夫婦2人でやらなければいけないから力仕事で大変だったのよ。それがいやでねぇ」と、今となっては昔話ねと懐かしそうに話してくれました。嫁いできた時は苦労されたのでしょう。

コンクリートでの護岸整備も進んだ今から40年ほど前、発動機とウィンチが使われるようになり、その格納用に漁師が各自で小屋を建て始めたのが、この浜での小屋群の成り立ちだと漁師さんは教えてくれました。

船を毎回陸揚げするのは面倒な気もするのですが、海に浮かべたままにしておくと船底に貝が付着してそれを剥がす作業の方が大変とのこと。このサイズの船は毎回漁を終えるたびに陸に上げておいたほうが船が傷まずに手入れも楽なのだそうです。

小屋が等間隔にほぼ同じサイズで建てられているのは、「縦・横・高さをそれぞれ2メートル以内とするという取り決めが組合内にあるから」なのだそうです。いつも観光客があふれ、人通りも車通りも多い場所に港が位置しているので、
「道路からよく見えるだろ、ほら。見栄えよく小屋のサイズは統一しているんだよ」と、意外な理由を教えてくれました。
横2メートルというのは、海に面した浜の長さを組合員の数で割った上で、船を1艘陸揚げして、獲った魚を下ろしたり船の修繕作業ができる幅から割り出された数字ではないかというのが私の推測です。
小屋の形がバラバラなのは、「取り決めのサイズの中で漁師が好きに建てているから」で、業者に頼む人もいれば、自分で建ててしまう人もいるとか。
「小屋の寿命は10年から15年ぐらいじゃないかな。いや、ひょっとしたらもうちょっと持つかも。最近はトタンではなく、錆びないで長持ちするサイディングボードで作るのが主流だからね。でも台風が大型化していて吹き飛ばされたり高潮で海水が浸水してくることもあるから、油断できないよね」と丁寧に教えてくれます。

小屋の中はどうなっているんですか?と尋ねると
「見てみる?」と言って、一番そばにあった小屋の扉を気軽に開けてくれました。
なんという幸運!!そうして見せていただいたのがこちら。緑のかわいい小屋です。

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小屋から地面を這うように出ているワイヤーが、浜に揚げられた1艘の船(写真右)とつながっているのがわかるでしょうか? 内部をのぞかせていただきます。

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逆回転防止の歯がついたウィンチからワイヤーが海に向かって伸びています。左にカメラを振って陸側を見てみると、、、

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Robinというメーカーの発動機が一緒に設置されていました。
「ここの漁師はだいたい2.5-5.5馬力のものを使っているね。このウィンチは20-30年前のもので、発動機はうーん、10年くらい前かな。もう古くて部品がないけど、エンジンだけとかウィンチだけを新品に交換するとなると大変なんだ。ベルトの長さとか変わってきちゃうだろ、一体で組まれているから。だから修理しながら使っているの」
ウィンチには油がさされ、普段からきちんとしている様子です。
「この小屋は俺のじゃないんだけどさ、いつも俺が機械の手入れをやってるの。船のエンジンも調子が悪いとなると俺のところに連絡がくるんだよ」と面倒ごとが多くてと言いつつ、ちょっと誇らしげです。

陸側に回ってみます。

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茶室のにじり口のような扉はなんのためにあるのでしょうか? 発動機の排気ガスを逃がすためでしょうか。
「この扉はね、発動機のリコイルスターターのひもを引っ張るために開けてあるの。だから小さくていいの」
なんと! エンジンを始動させるひもを引っ張るための扉だったとは思いもしませんでした!! だからこのサイズなのですね。
そう言われて他の小屋も見てみると、陸側に大きさの違いはあれど確かに扉があります。

扉の位置とサイズが腑に落ち、
「全てのものにはそこに存在する理由がちゃんとあるんだよな」
と心の中でつぶやいてしまいました。漁師さんの話を聞いた後なら、手前に落ちているプラグも、交換されてポイと捨て置かれたからだなと分かります。

私としたことが不覚にも小屋を海側から撮るのを忘れてしまいましたので、並びのほかの小屋で見てみましょう。

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ワイヤーが出ている口には、切り込みの入った板が上下にスライドするように吊るされています。これは、船を出し入れしていてワイヤーが急にたわんだり引っ張られたりして大きな動きをするのに備えてゆとりをつけているからだそうです。
長年の漁師たちの経験が共有されて些細な工夫につながっていることが分かります。

親切にしてくださった漁師さんに別れ際にお礼を言いながら、秋田県で撮影した小屋の写真を見てもらいました。

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「うん、確かに似ているね。窓があるのもワイヤーの出方も一緒だね。でも、似た形になったのは、どうだろう…分からないね」

それはそうです。
次は秋田県のこの港を再訪し、ここで漁師さんに小屋の成り立ちを聞いてみたくなりました。
その時にはこちらでご報告したいと思います。




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