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エンドウ
2017年11月24日 01:54
ちいさくても嫌なことが重なると、結果的に最悪な日にだってなる。 体重が昨日より0.3キロも増えていた。得意料理のオムレツが半熟にならなかった。月刊誌で好きな漫画家が不倫をテーマにした作品を連載しはじめた。期間限定のポテチの賞味期限が切れていた。買っておいたはずの缶チューハイが冷蔵庫になかった。そして、彼女とデートのことで少し揉めた。 ライターに火をつける。暗がりの中、心許なく揺れる炎にそ
「私は私の単純さが嫌い」 出し抜けにそんなことを言われて、彼女はきょとんとした表情で私を見つめた。「そうは思わないけど」「そうだよ。だって、空見ただけで嫌なこと全部忘れて、昨日の夜中じゅうずっと絵描いてたんだよ」「いいことじゃん」 口元に笑みを浮かべながら、スプーンを持ち上げる。その姿を見て、私はイライラしながら煙草に火をつけた。彼女が尖った声を出す。「食べてる時は吸うのや
2017年11月24日 01:55
セックスなんて男とやったって女とやったって代わり映えしない。男だから乱暴だとか、女だから気持ちよく出来るとか、そんなのただの迷信だ。血まみれになるくらい酷いセックスをする女を知っているし、愛撫だけで幸せな気分にしてくれる男も知っている。要は皆、モノを知らなさすぎるだけなのだ。「ねえ、何考えてるの」 腕の中の彼女が言う。背中を私の胸元にぴったり寄せ、そっぽを向く形で横たわる彼女は、寝る時も
「やっぱさあ、もう少しモチーフを大切にするべきだと思うんだ」 眼鏡のフレームを人さし指で上げながら先生は言った。「ここにある星とかさ、雑なんだよねえ。星って光ってるじゃん、地上からでも分かるくらいさあ。だからどんなに小さくても輝かせないとリアリティが薄くなるんだよねえ。ただでさえ君、風景画が下手なんだから」 私ははあ、と気の抜けた返事をしてカップに手を伸ばした。冷めて苦味の増したコーヒ
2017年11月24日 01:56
先生とはもう三年の付き合いになる。 初めて会ったのは美術部の展覧会の時。高校で幽霊部員をしていた私はほとんど絵を描いたことがなかった。卒業する前に一枚くらい描き上げろ、そう言われて渋々描いた絵が県主催の展覧会で飾られることになった。確か女の絵だったと思う。美術部の顧問がモデルで、それを誰にも打ち明けずに私は高校を卒業した。その絵を賞賛したのが先生だった。わざわざ高校に電話してきて、うちの大学
「何食べたい」「なんにも食べたくない」 私は吐き捨てるように言った。横の彼女が困ったような表情をする。そんな顔をされても食べたくないものは食べたくない。私は自分のつま先を見つめる。パンプスから覗く足の甲が恐ろしいほど白い。固形物は丸四日食べていなかった。 自分の腕を切ったあの日、朦朧とする意識の中で私はスマホに手を伸ばした。指が勝手に操作する。電話帳を開いて一番上、その名前に電話を掛け
パチパチと音を立てて火柱が上がる。蛍のような火の粉が散らばって、辺りを明るく濡らしていく。私はそこに乾燥したスギの葉をくべた。よく乾いたスギの葉は木を燃やすより幾分か燃えやすい。実家の風呂を薪で沸かしていた頃、祖母がやっていたことだった。まず焚き口の奥に薪を入れ、その手前にスギの葉を詰めていく。最後にくしゃくしゃに丸めたチラシ紙に火をつけ、そこに投げ入れるのだ。火は一度小さくなって、チラシ紙を焦