草木の如く 3
セックスなんて男とやったって女とやったって代わり映えしない。男だから乱暴だとか、女だから気持ちよく出来るとか、そんなのただの迷信だ。血まみれになるくらい酷いセックスをする女を知っているし、愛撫だけで幸せな気分にしてくれる男も知っている。要は皆、モノを知らなさすぎるだけなのだ。
「ねえ、何考えてるの」
腕の中の彼女が言う。背中を私の胸元にぴったり寄せ、そっぽを向く形で横たわる彼女は、寝る時もこうして丸まる。膝を身体の内側に持ってきて、太ももの間に両手を挟んで眠る。安心するらしい。
「今日は随分派手だったな、って思って」
私は彼女の髪に鼻を埋めた。セミロングのぱさついた毛が唇や睫毛に当たる。
「セックスレス?」
「バカじゃない」
「満足させられてないんじゃないの」
「五月蝿い」
彼女の声が壁に反響して私の耳に戻ってくる。黒い薔薇の模様が入った悪趣味な壁紙。彼女は私と話すより、その薔薇とお喋りしたいらしい。空いた手で腰を撫でる。滑らか、とまではいかないけれど、同年代の女たちよりもずっと張りがある。腰から大腿部まで一気に指を滑らせると、彼女は吐息を漏らした。
「今日はもうしたくないんじゃなかったっけ」
「五月蝿い」
「アンタは何回しても足りないくらい絶倫だもんね」
「五月蝿い」
私はゆっくりと太ももの内側に手を伸ばす。じわじわといたぶるように。それに合わせて息が上がっていく。彼女の呼吸と私の呼吸。それが交わった時、彼女はふいに上半身を起こした。
「なに」
「帰るの」
彼女は髪を乱雑にかきあげた。
「そっちにあるスカートとって」
「今日は夜までいれるって言ったじゃん」
私も身体を起こし、ベッドの上で胡座をかいた。丸い乳房をブラに詰め込みながら彼女は振り向く。その目には暗い色が浮かんでいた。
「洗濯物取り込んでくるの忘れた」
その返答で、脳味噌の神経がぷつりと切れた。
「何言ってんの? 洗濯物の為にわざわざ帰るっての? バッカみたい」
「取り込んでおかないと明日の分の服がないの」
「そんなの夜帰ってからでもいいじゃん。今じゃなきゃダメな理由が分かんないんだけど」
「夜は湿気っちゃうからヤ」
枕元に置いてあった白いスマホを投げる。今度は彼女が怒る番だった。
「子供みたいなことするのやめて!」
「そっちこそ約束を破るなんて子供じみたことするのやめてくれる」
そう言うと、彼女は私を睨みつけた。
「アンタ、そういうとこ変わんないよね」
「何が」
「自分のこと棚に上げてさ、責めるだけ責めて勝手に暴れてさ。そんなんだから人が寄り付かないんだよ」
それから私は手当たり次第物を投げつけた。自分のスマホ、レースの入ったショーツ、ウールのセーター、革のベルト、備え付けのティッシュ。右腕から繰り出される投球の数々は、一つも彼女には当たらなかった。
「売女! このクソ売女! さっさと死んじまえ!」
罵っても彼女は顔すら上げない。さっさと服を着込んでしまうと、バック片手に部屋を出て行ってしまった。残された私は裸のまま立ち上がり、彼女がいた辺りのソファーを蹴り上げる。真っ赤な合成皮革が足裏の形に凹む。その勢いに任せてソファーに座った。視線を上げると彼女が忘れていった煙草の箱が目についた。ラメの入ったピンク色の細い箱。私はどかとかと立ち上がり、その心細い煙草を指にとった。ホテルの名前が入ったライターで火をつける。メントールの甘ったるい匂いが口いっぱいに広がった。
ソファーは私の下半身の形を残して、オレンジ色の光をはね返している。
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