Software Is Boiling Frog

2011年 Wall Street Journalで
流行った(物議を醸した)コラムの言葉はコチラ

Software Is Eating The World

ソフトウェアが世界を飲み込む

当時の記事はコチラ

心を少し鋭利に突いてくる
この言葉とこのパックンの絵

たしかに、その通り!

実際に、このコラム発表から
10年近く経過した現在は
更に深く飲み込まれたようにも思う


でもこの言葉 なんか、腑に落ちない

飲み込まれたのは、本当に世界なのか、、?
と思ってしまう

※人間社会を世界と表現しちゃいがちなのは
 百も承知ですが

私の感覚ではこうだ

牛🐄も鳥🦆も魚🐟も蜂🐝も
ネットに支配されてない

自然界の生物達には
ネットがあった世界もなかった世界も
別になんとも思ってない(だろう)

たぶん飲み込まれたのは
人の心と欲と言った方が正確な気がする

自分自身は10年間で徐々に徐々に
そして、激変しました!

PCとスマホを手にしている時間が
圧倒的に多くなった

このご時世もあり、更に加速している

もちろん、いちユーザーとして
非常に有り難みは感じてはいる

しかし

仕事も自宅でPCを前にしている事が
当たり前となってしまった

リモートワークでもプライベートでも
人と会うのは、ネット上が多くなった


ここで唐突ですが

タイトルにあった
Software Is Boiling Frog

これを指す意味は上記です!

意味不明ですよね、、すいません!😅

ちゃんと説明しますと

ゆでガエル🐸をご存知でしょうか?

「カエルは、いきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、常温の水に入れて徐々に水温を上げていくと逃げ出すタイミングを失い、最後には死んでしまう…」

ゆでガエル理論とはこのように、ゆっくりと進む環境変化や危機に対応する難しさや大切さを説く言葉として使用され、時には「ゆでガエルの法則」「ゆでガエル現象」という表現もされます。


以上のことから

世界中の人間のネットへの関心は
(Software Is)

ゆでガエル
(Boiling Frog)

と言って良いでしょう!!!


30年前の人が今の世の中をパッと見たら
たぶん、恐怖で震える

え、、街中の人たち全員
画面しか見てないよ、、?


少し話が飛びますが
システムエンジニアをやっていた時から
このネット社会への傾きと共に

『便利』

という言葉に違和感を感じてきました

『便利』を目指していて良いのだろうか
『便利』を提供することで失うものはあるか

これ以上の『便利』を世の中(消費者側)は
本当に求めているのだろうか?

『便利』は企業側にとっても
サービス提供するごとに
自分で自分の首を絞めているのでは無いか?

小学生の頃
友達の家の電話番号はすんなり暗記していた
漢字も多く書けていた

今は出来ていない(覚えていない)
必要性がないからだ


すぐに会えないからこそ工夫した
すぐ買えないから待ち遠しかった
わからないから調べ物のために図書館に行った

便利と引き換えに
何か大切なものを
奪われている感覚がする


私もゆでガエル状態なので
『何か』が明確にわかりません


急にネットが使えない世界になっても
前向きに生き抜ける人間になりたい!

という気持ちな今日この頃


年に一度、防災の日みたいに

個人的にノースマホデーでも設けてみるか

(それをネットに書く矛盾🤭)

以上です!

最後まで読んでいただき
ありがとうございました!!

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