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大人は知っている


 私だっていい大人だ。どんなときにお酒が美味しいかよくわかっている。
 

 休日の朝、起きたら気分も爽快で天気も快晴。こんなときは掃除に限る。できればそんなに暑くない季節で最初は少し肌寒いけれど、室内をぐるぐる歩き回りながら掃除機をかけて、階段を水拭きしているうちにじっとりと心地よい汗をかいている。

 部屋がきれいになって気持ちがよいし、掃除が終わり昼間からお風呂に入って汗を流すのも最高だ。

 風呂上がりはビールを飲む。

 特別なちょっとお高めなやつでなくていい。いつも飲んでいるいつものビール。冷蔵庫の前でプルトップを引き上げ、その場でぐいぐいと半分以上飲んでしまう。ぷはーの一言に尽きる。これほど美味しいビールの飲み方、他にあるだろうか。


 大勢でわいわい飲むお酒も格別だ。畳の個室のお座敷で、予約しないと入れないような人数で。「ビールの人ー?」と幹事の人が声をかけたら、「はーい!」と手を挙げる。乾杯したジョッキがぶつかって泡が溢れる。左右に座る人の声に意識を集中させる。ポテトフライがくる。焼き鳥がくる。枝豆もサラダも。でも話に夢中で大して食べられずに終わる。

 身振りの大きな人の肘が誰かのグラスを倒し、テーブルが水浸しになると、それぞれの前にあったおしぼりが一斉に水たまりへと投げられる。次々に皆トイレに立ち、化粧室の前でちょっとした話をする。爪かわいいねとか、ちょっと痩せたんじゃないとか。


 気心知れた友人とのサシでの酒もいい。休日ではなく平日にぽっかり空いた夕方に、たまたま同じく予定が空いていた友人となんとなく駅の近くの居酒屋で落ち会いたい。

 とりあえずはビールだけど腰を据えて早々に日本酒のぬる燗に切り替える。季節と天候とその友人との関係性に合わせたものを。友人の口から溢れる出会いと別れに耳を傾け、酔った勢いで涙ぐむ、昔のあいつとの日々を重ね合わせたりして。


 昼間、おしゃれなイタリアンランチなら断然ワイン。ウッドデッキのテラス席には燦々と太陽が降り注ぐ。美味しい魚介類が評判のお店は海の近くだから波の音も聞こえる。白ワインとざっくり決めて、あとはお店の人の本日のおすすめに従えばいい。

 こういう場で思いっきり酔うのはカッコ悪い。昼間はほろ酔い程度にとどめておく。海にはやはりワインが似合う。青空にかざせば、切り取った夏の空まで飲み干せる。


 おでんにはビール、ジャンクなものならホッピー、あっさり系にあえて日本酒。にんにく系と焼酎。チョコレートとウィスキー。

私はちゃんと知っている。

 夫と家でおでんを食べた夜があった。310ml、「クラフト」と書いてある瓶ビールを1本買った。二人ともグラスに2センチずつ残した。

 眠くてお皿洗いもお風呂も全部明日やればいいと思った。私たちはそのまま仰向けに倒れて朝までこたつで寝た。

 どんなときにどんなお酒が合うのかを、私は小説や映画や酒豪の友人や父から聞いているので知っている。知っているのにすべて叶わない。下戸の叶わぬドリームにすぎない。すいません、とりあえずはコーラください。

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