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ドボンバーグの季節


 今年もドボンバーグの季節がやってきた。

 ドボンバーグの季節は秋と冬の間にやってくる。厳密にいうと、鍋が美味しくなる季節で、夫の実家の庭に最初のゆずが収穫できる時期だ。

 ドボンバーグは夫にしか作れない。しかも作り方は秘密だそうで決して教えてくれない。

 ドボンバーグはたいてい一人用の土鍋に入っていて、醤油色のスープの中に、千切りのにんじんと大根と、春菊や白菜などの葉野菜が入っている。その色とりどりの野菜の千切りは、まるで鳥の巣のように、真ん中にあるハンバーグを温めているイメージだ。

 おそらくハンバーグはあらかじめ別の鍋で火を通されていて、最後に巣の真ん中めがけてドボンと入れているのだろう。スープにはハンバーグの肉汁でできた油の玉と、ゆずの皮とクコの実となつめがぷかぷか浮かぶ。

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 ドボンバーグは数年前某ファミレスのメニューだった料理からインスパイアしたものだ。

 もちろんメニュー名はドボンバーグではなかった。お鍋の中に野菜とハンバーグを豪快に入れたもので、もみじおろしとポン酢をつけて食べる、ごはんと味噌汁と漬物がついた御膳だった。

 ハンバーグとして提供している冷凍ハンバーグをお鍋に入れたら予想外に美味しかったとか、もともとまかない飯だったが人気すぎて商品化したとか、きっとそのようなエピソードがあるのだろう。

某ファミレスが、今年もドボンバーグを秋冬のメニューに参戦させているかどうかはわからない。きっとわざわざファミレスへ足を運んだ人々はもっとわかりやすいものを食べたいと思う。グラタンとか、ビーフカレーとか、そういうきちんとした定番を。


 でも、たとえファミレスからドボンバーグが消え、ドボンバーグが人々から忘れ去られたとしても、私の夫がドボンバーグのレシピを完全に再現したので安心してほしい。

 むしろもみじおろしもポン酢も使う余地のないほど、年々改良を重ねいよいよ完全無欠なドボンバーグに近づきつつある。

 もはやドボンバーグの未来は彼の手に託されているというのに、夫は相変わらずスープの配合を教えてくれない。ある日突然死んでしまったらどうするつもりなのだろうか。

色から濃口醤油を使っていることはわかっている。あとは家にある「ほんだし」か、「茅野のや」のだしかどちらかは使っているはずだ。我が家にオイスターソースはないはずなのに、なぜかオイスターソースの味がする。

 謎だ。

 このスープには何を使っているのか、冷蔵庫の調味料を思い浮かべながら食べているうちに気づけば巣は崩壊し、真ん中にいたはずのたまごは跡形もない。さっきまで凍えていた指先が、眠たい赤子の如くほっこり温まっている。

 ドボンバーグを食べたことのない人にドボンバーグの説明をするのはとても難しい。だから、ドボンバーグの季節になったら、一度門外不出のドボンバーグを我が家に食べにくるといい。

#おいしいはたのしい

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