「頑張りなさんな」
「えなちゃん、頑張りなさんな。」
カンボジアで、この言葉をかけてもらった。
張っていた糸が一気に緩んだ。
途上国で働きたいと中学生の頃から思っていた。今は看護師を一旦退職して、カンボジアにいる。
保育園で自閉症の子どもの対応方法を現場の先生達と考えたり、胸骨圧迫の指導をする事になったり、手術ミッションにも参加させて頂ける事になった。
カンボジアに来て、沢山の人と会って、不思議な縁が繋がって、看護師をしていた頃は想像していなかった経験をさせてもらっている。
NGOやJICAに属さず、フリーでボランティアしているにも関わらず、色んな人が私のことを信頼して、お願いしたいと言ってくれて、とても有難い。ただ、毎日とても忙しかった。
そんな時に、「頑張りなさんな」と言われた。
その方は日本で40年近く看護師をされて、元看護師長。定年退職後にカンボジアにJICAのシニアボランティアで来られ、そのまま定住された、本当に暖かい人。"元看護師長"と人づてに聞いていたので、優しいとは言っても、瞳の奥は笑っていないんじゃないか?とか考えていたけれど、「本当に優しい人」ってこう言う人をいうんだと思うくらい、暖かい人。
会った瞬間に分かる人を包み込むような雰囲気、言葉の丁寧さと暖かさ。子どもへの向き合い方。子ども達が「ちゃーちゃん」と呼び、話を聞いて欲しくて集まってくる。そんな方。
「頑張りなさんな」
この言葉を聞いた時、「頑張らなくてもいいの?」と思った。看護師をしている時は「頑張るのが当たり前で、なんだか分からないけどずっとしんどい」と思って働くのが当たり前だったから。そして、途上国で働きたくてカンボジアに来て、「頑張らないと」と思っていた時だった。
「えなちゃん、頑張りなさんな。看護師は国家試験が終わっても、現場でずっと頑張ってる。これ以上何を頑張ると言うの。」
「私が看護師長をした時、面談で"頑張ります"という子は気になりよった。"頑張る"という事は"無理して頑張る"ということや。患者さんはよう見とる。無理して頑張って働いてる看護師のことは分かるんや。」
「だから、好きなことを楽しく続けるんや。途上国のためになりたいという責任感ではなく、楽しさや。カンボジアの人だって、患者さんと同じでよう見とる。」
ニコニコ笑顔で、こう言われた。
「頑張りなさんな。」
そこから、気持ちが楽になった。
自分のやりたい事を、選んでも良いんだ。
仕事はしんどいのが普通では無くても良いんだ。国際協力だって、自分の全てを犠牲にせず、できる範囲で続けられたらそれで良いんだ。
「頑張りなさんな」はそれからずっと心の中に大切にしまってある。これから、日本に帰国して再就職する時も、途上国の医療に携わる日が来たときも、ちゃーちゃんがくれた「頑張りなさんな」を大事にしていきたい。自分が楽しくなければ、きっと患者さんのことも考えられないから。
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