ena

医療職🩺POOLO3期生 日記のようにつらつらと日々の想いを綴っています

ena

医療職🩺POOLO3期生 日記のようにつらつらと日々の想いを綴っています

最近の記事

「頑張りなさんな」

「えなちゃん、頑張りなさんな。」 カンボジアで、この言葉をかけてもらった。 張っていた糸が一気に緩んだ。 途上国で働きたいと中学生の頃から思っていた。今は看護師を一旦退職して、カンボジアにいる。 保育園で自閉症の子どもの対応方法を現場の先生達と考えたり、胸骨圧迫の指導をする事になったり、手術ミッションにも参加させて頂ける事になった。 カンボジアに来て、沢山の人と会って、不思議な縁が繋がって、看護師をしていた頃は想像していなかった経験をさせてもらっている。 NGOやJIC

    • 私が1人でカンボジアに来た理由

      4月から、カンボジアに来ています。 「カンボジアで何してるの?」 「何のために来たの?」と聞かれると、「将来の事について考えるため」と伝えます。 "途上国で働きたい"と思ったのは14歳の頃。それからもう10年近く経ちました。何の知識も技術もない学生時代とは違い、看護師としての経験を3年積んで、経済的にも自立して、「途上国で看護師として働く」という夢が手を伸ばせば届く所に来ました。後は自分がどんな道を選ぶか。やっと行動できる時が来たのに、その時が来たら来たで分からなくなりまし

      • ぎゅーっとしたくなる人達が沢山いるコミュニティで過ごした9ヶ月。

        私は何だかわからないけれど、ぎゅーっとしたくなる人がいる。歳上か歳下かも関係なく、長い付き合いでも、初対面の相手でも関係なく、患者さんだってそう。突然ぎゅーっとして愛をいっぱい伝えたくなる人に出会う事がある。POOLOはぎゅーっとしたくなる人が沢山いたコミュニティだったと思う。 仕事場でも退院前の子どもを抱っこしてぎゅーっとしてしまう事があるんだけど、その時に思うのは「これから辛い事も楽しいことも沢山あると思うけれど、あなたが幸せになってほしいと心から思う人間がここに1人い

        • 師長の前で号泣した日

          看護師3年目、異動して約7ヶ月。初めて、師長と補佐の前で号泣した。 1年目のときですら、辛くて泣いたことも人前で泣いたことも無かったし、感情が爆発することも無かった。だから、自分でもびっくりした。 2日前 急な眩暈と嘔気でダウンした。ここ最近寝る時間を削って、自分の自由な時間を削ってひたすら仕事をしていた。しかも、やってもやっても「ここ、足りないけど?」と言われ詰められる日々に、きっと身体と心が悲鳴を上げた。 「患者さんのために」その気持ちは人一倍持っていたと思う。私たち

        「頑張りなさんな」

        • 私が1人でカンボジアに来た理由

        • ぎゅーっとしたくなる人達が沢山いるコミュニティで過ごした9ヶ月。

        • 師長の前で号泣した日

          看護師の私がコロナ禍で旅に出た理由

          「やっと、息ができた」 2泊3日で長野県に旅に出た。長野に来て、まず感じたことは「私はずっと息苦しかったんだ」という事だった。 職場やコロナ禍での不満、疑問、葛藤。色んな自分の気持ちに「まあでも、看護師ってこんなもの」と蓋をして見て見ぬふりをし続けていた事に気付いた。 コロナの感染増加に伴って、元々狭い箱の中にいたような生活から、もっともっと狭い箱の中にぎゅーっと閉じ込められたような、毎日溺れかけるような生活になった。 家と職場が徒歩3分のこともあって、休日も仕事のことば

          看護師の私がコロナ禍で旅に出た理由

          子ども達からのギフト

          6月17日。poolo3期Mチームイベントの日。 子どもと関わる仕事をしている、私とさんちゃんとさやぽん。(3人を集めてくれた運営さんに大感謝) 私たちが日常で感じている「子どもの魅力」「子どもの抱えていること」「生きていることの素晴らしさ」をもっと沢山の人に知ってもらいたくて、障がいや病気を抱える子どもが生きやすい世界に少しでもなってほしくて、「みんな集まれ子どもの森」企画を開催しました。 イベント後のアンケートを見て、2人の話を聞いてとても嬉しく、感動したので日記的な

          子ども達からのギフト

          途上国の人達の幸せとは

          途上国の人は幸せか? カンボジアに初めて行ったのは高校2年生の時で、その時素直に、心から「途上国の人達は心が綺麗だ。物がなくても幸せそう」と思っていた。 帰国後、こんな記事を見つけた。 「途上国の人達は心は豊かだ」と思うことで、現地の人たち全員が幸せだと思い込んでいないだろうか?考える事をやめていないだろうか?そんな考えがグルグルと巡った。 大学生の時、ベトナムの障がい者施設と孤児院でボランティアをしていた。朝シェアハウスを出て、バスをつかまえて施設へ向かう。朝から子ど

          途上国の人達の幸せとは

          【旅は誰かからの贈与】

          「旅は人を、世界を豊かにする」 確かに、本気でそう思っていた。私自身も旅やボランティアを通して豊かになったと実感する体験が幾つもあった。 "本当に旅は人を豊かにするのか?" そう思うようになったのはコロナ禍で看護師として働き始めて1年半程経った時だった。2019年、コロナウイルスが発見されてあっという間にパンデミックになった。1年耐えよう、今は皆んなで頑張ろうと自粛生活が始まって、もう2年。withコロナの時代になって、完全に医療者は"置いて行かれた"。 子どもの行事が無い

          【旅は誰かからの贈与】

          神様のカルテ

          私がコロナ禍で胸の中に秘めていた気持ちをこの本が言語化してくれていて、ただただびっくりした。 医療者である前に、1人の人間であるということ。 医療者にも家族がいると言うこと。 コロナ禍の今、その事実に思いを馳せてくれる人はどのくらいいるのだろう。 看護師ではあるけれど、「白衣の天使」ではない。看護師も医者も1人の人間で、それぞれ大切にしたいものがある。患者がそこにいれば災害時でも出勤しなければいけないけれど、それが"仕事だから当たり前だ"と思っている人がいる気がしてならな

          神様のカルテ

          "好きだった"に変わったこと

          "看護"の仕事が好き"だった"。 病棟から手術室に異動して確実に"好きだった"に変わっていた。 普段の生活では知る事のないその人の背景を。 病気や障がいと共に生きる患者さんとご家族の1番近くで関わる事ができる看護師という仕事が確かに好きなはずだった。 手術をして救われる患者さんが多くいて、命の現場に立ち会う重要な役割を担っているという事は頭の中では理解していた。 必死に解剖生理と術式を勉強してDrの横に立って、器械を渡している"だけ"。手術室に異動してずっと心に引っ掛かっ

          "好きだった"に変わったこと