エニアグラム診断をネットで受けてみた。 エニアグラムは性格を九つに分類する概念で、1950年ごろから注目されているらしい。 私は今あるプロジェクトを進行していて、それが行き詰まっている。そこからなんとか脱却したくて方法をずっと模索している。 自分自身を分析することで打開策が見えてくるのではないかと思った。 調べてみると、タイプ4が一番当てはまるようだった。 タイプ4は個性的で芸術家気質らしい。 自分の診断結果を個性的で芸術家気質なんて言うのは、私にとって少し恥ずかしいこと
今年ももう終わりだが…… この一週間、ずっと落ち込んでいる。 良いこともあったり楽しい用事もあったけれど、常に心に雲があった。 え〜年の瀬に!?という感じの気分の沈み方をしている。 自分のやっていることや、やりたいことを 誰かに否定されたり 疑問に思われてしまうと ちょっとずつちょっとずつ、自分自身に懐疑的になる。 大切にしていることは人それぞれ違うのだし他人が侵食できる領域では無い、だから土足で踏み入ることもナンセンス。 なのに自分の大切にしていることが平気で踏まれ
ダンデライオン、タンポポの花言葉は愛の信託、らしい。すごいな。他人を信用して愛を貸すのか、いいね。 でもよく言うじゃん、貸す時はあげるつもりで貸さないといけないよって。 だから愛を信託する時も、あげるつもりで貸さないとね。何を貸す時も、相手を信用してたって返ってこないかもしれないと頭に入れておくべき。 花言葉が好きだ。これまで人間たちが花ひとつひとつに異名をつけてきたなんて、本当に面白いなと思う。本当に人間って勝手だよなぁ。 私は花を育てられないのだけれど(虫がこの世で
さいきん、至極プライベートな事柄で心を悩ませてたまに胸が苦しくなったりしているものの 研究や制作は上出来、という毎日を送っている。 順調そう、充実してそう、という人も 人に言えないだけで裏には色々しんどいこととか他人に相談できないレベルの悩みがあったりするんだなってことを自分の身を持って感じている。 こういうしんどい時期って、今後他人の気持ちに寄り添う、想像するという姿勢をとるための良い経験になるのかもしれない。 話は変わるけれど 自分の出来ることをちまちまやるのって凄く
タイトルの通り 最近自分本当に何もできてない…というか全部中途半端な気がして嫌気がさしていたんですが ちょっとずつ、なにかしらの予定が終わるたびに あ、これ乗り越えた というか気付いたらちゃんと準備も本番もなんやかんやいうて終えてたな ということが2回ほどあった いや、3回? 本番が一番、あっけなかったりする 準備とか前段階でウンウン唸って 自分のダメさとか不完全さに ウオ〜…ってなってる時 体感時間めちゃくちゃ長い。 だから本番は悪くなかったとて、悩んでた時間の
生きる意味なんて無い、と思っていたし 実際生きる意味なんて無いとは思うんだけど 何もわからないまま生きてるとぼんやり不安になってくると思う。 私たちがゴールが無いから自由度が高くて、その割に初期値にめちゃくちゃ引っ張られる運がものを言うようなムカつく世界を途中離脱する事なく生きるためには各々勝手に意味付けすることが効果的なのではないか。 立場やそれまでの経験とかに左右されたり趣味嗜好によって変わるだろう。 子供を持つ人や既婚者はその人達とそばにいるために生きようと思うか
行き詰まってるけど 行き止まりではないから ただひたすら歩いている 自転車で進める日もあれば 元気がなくて二歩しか進めない日もあれば 特急、快速電車に乗れる日もある 前進できなくてその場で足踏みしたりちょっと落とし物を探してて先にいけない日もある 今はどうだろう 毎日1キロずつくらいは歩いてて偉いかも でも歩いてる時ってどんくらいの速度なのかとかよくわかってない 凄い前のことでも昨日のことでも、自分がどの程度歩いているかなんてわからない 実はそれでよかったり。 振り
コアラのマーチとプッカってほとんど同じ、って言ってる人いて気になったから買ったんだけど いやいや全然違うじゃん!? コアラのマーチのいちご味が大好きなんだけどプッカが美味しすぎてこれはハマりそうだ… 好きなお菓子聞かれたらじゃがりこって答えてたんだけどプッカも仲間入りしました。 好きなものがこの世にまた一つ増えて、うれしいねぇ… あっという間に食べ終えてしまった…! あと二箱は食べられるな…
前もブログに書いたけど 最近身の回りのものを好きなもので固めている。 以前よりも断捨離と整理整頓ができるようになった。 それは、物だけでなくて思考も人間関係も。 嫌いな人を退けるとかそういうことはない。 自分が一緒にいたら傷つく人や尊重し合う気持ちのない人と距離を置けるようになったということ。前は傷ついても自分のせいだと勘違いして我慢したりしていた。 我慢しなくていいんだと気付き大人になった。 そして三週間ぶりにやっと部屋を掃除して、物凄く気分がいい🧹整理したり要らない
インスピレーション inspiration をフランス語読みすると あんすぴはしおん って感じだから あんすぴはしおん っていうタイトルにしてみた。 人と話すのと 勉強するのが 一番インスピレーションに繋がる。 色んな人と話せば話すほど良い気持ちになったり悪い気持ちになったりしてどっちにせよインスピレーションにつながっていく。 人間万事塞翁が馬 って良い言葉だけど 全ての出来事は経験であることに間違い無いから、出会うことを全部全部自分の養分やバネに変えて行けたらいいよね。
このブログ、読まれることを前提としてるんだかしてないんだかわからない感じで書いてるけど 見られてるって分かってても気にせずに同じスタンスで今夜もブログ書く。 自分の研究だーいすきで、 難しいこといーっぱいあるし、 どーしよーってことも山程ある。 知り合いに研究の話をする時も、かる〜くしか話さないけど正に自分が課題にしてたり面白いって思ってるところを質問されると超うれしいからペラッペラ話しちゃうね。 パーソナルな話も割とペラペラ話すけどその一億倍くらい研究のことになると語る
爬虫類の生き物を、「フォロー&リツイートしてくれた人限定当選」系の景品にしているTwitterアカウントがあるってことを知って驚いた。 倫理観大丈夫? 全然倫理学に精通してないから履修もしたことない分野だけど、人間以外の生物の倫理は環境倫理って呼ばれているらしい。(てか何故人間対象だけが生命倫理と呼ばれるんだ…?) 生き物を取引するのに相手の素性とか生き物を生育する気質とかをキチンとチェックしないっていうのが、その生き物の命を大切にしようっていう考えの無さを露呈している
この世のほぼ全てはやらんでいいことだって気づいた 映画見たり スポーツしたり 音楽聴いたり ファッションに気を遣ったり やらんでいい=価値がない とは 全く別 must じゃなくても should なものってこの世にいっぱいある 社会的な理由だったり経済活動に繋がるからってことよりもまず先に やらんでいいことをやることによって、自分の生活が豊かになる場合が多い 人間は歌う必要なんかないけど歌うとスッキリするし 踊る必要なんかないけど踊ったら愉快な気持ちになる やら
宇多田ヒカルさん、めっちゃいい〜〜よね あの方自体も大好き 曲も大好き 好きな歌詞抜粋させて欲しいんやけど、良い? 良いよね!? 後悔なんて着こなすだけ 思い出に変わるその日まで : pink blood 誰かを求めることは、即ち傷つくことだった : one last kiss 見えない傷が私の魂彩る : 道 毎日のひと知れぬ苦労や淋しみもなく ただ楽しいことばかりだったら 愛なんて知らずに済んだのにな : 花束を君に かっこよ〜い! 宇多田ヒカルさんみたいに
良い作品って展開がしつこいことが多い。 多くは語らないのに、しつこく同じような場面や流れが静かに淡々と繰り替えされることが多いように感じる。 日本語の作品でも海外の作品でも、連続性のある作品は高い評価を受けているように思う。 なんでだろう。 もしかしたらそれは、我々の生活そのものに似ているからかもしれない。 似たようなことの繰り返しだけど少しずつ変化していく。 それが私たちの生活であって、その特性を創作物にも関わらず見事に再現しているから評価が高いのかな。 いつまで
生まれて初めて、インスタレーション作品を制作してみた。 時間をかけることが良いことだとは思わないから、今日頭に浮かんだものをすぐさま今日作った。 ぅ〜ン 生まれてはじめてのインスタレーション作品は、なかなか思い通りにいかないというか 思い描いていた程の印象ではないというか… not かんぺきで、ちょっと落ち込んだ。 でも完璧な作品というものがこの世にないことは理解している。完璧というものは定義が主観的であるためだ。 じゃあ私がなんとなく物足りなさを感じているのは何