タイプ6日本から見た五輪

来年の五輪が危ぶまれていますが、判断と変更が苦手なタイプ6日本は、ギリギリまで大量のお金を使いながら、五輪の開催を模索するのだと思います。
これ、来年という期限があるから、そこで する/しない がハッキリとしますが、それが無ければお金を使い果たすまで撤退できないであろうと私は見ます。
開催都市の順番が守られるのであれば、日本は何年待ってでも、いくらお金を使ってでも、五輪を夢見るのだと思います。

先の戦争もそうだったのだろうなあ、と思いを馳せます。勝てないと分かってからも・・・。

また、今年の五輪開催においても、日本と中国以外で新型コロナが蔓延していなければ、強行開催した可能性もあったと思います。
「大丈夫、心配ない、たいしたことない」とばかりに。
この場合、今ごろは逆に、水面下で感染爆発が起こっていたかも知れません。

この「方向転換の下手さ」「決断力の無さ」は、今日の変化の激しい時代に日本が適応できない理由のひとつであったりもします。また、日本が危機に弱い理由のひとつであったりもします。

参考
「ASTRID(アストリッド)」は何処へ行くのか?――「止められない病」は日本人全体の 問題

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