求めていた正解が自分を否定するものであるという、今の日本

これからの仕事は「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」という分類ではなく、「クリエーター」と「サーバー」という分類になるといわれています。

なんて言われてもね。

ネットで調べたら、元の発言はトーマス・フリードマンというコラムニストのかたなんですね。

伊東千秋(元富士通総研会長)氏の発言から

これからの仕事は「ホワイトカラー」と「ブルーカラー」という分類ではなく、「クリエーター」と「サーバー」という分類になるといわれています。クリエーターというのは何も芸術家とかではなくて、「プログラムコードを書く人」という意味で使われています。その一方で、サーバーというのはサーバント(=召使い)であって、「規則に基づいて、決められた仕事をこなす人」のことを指しています。
アメリカではかつて、コンサルタントといえば花形職業で、これまでは、パワーポイントを使ってスマートなプレゼンができれば良かったのですが、今では「プログラムコードを書けなければ使いものにならない」とまでいわれています。

今の日本は、求めていた正解が自分を否定するものであるというパラドックスの中にいます。

安心・安全・安定が好きなタイプ6日本人が、これからの世界で、安心・安全・安定に生きるために、何が必要か学ぼうとすると、その答えが「安心・安全・安定の外へ行け」なのですから。

いやいやいや、安心・安全・安定の外に行きたく無いから、正解を探しているのに。聖杯を探しているのに。

もともと、タイプ6は規則やルールや前例が好きな性格タイプです。
「規則に基づいて、決められた仕事をこなす人」なんです。
サーバーなんです。

※『タイプ6はメランコリー気質』『16の性格で、タイプ6日本の性格を考えてみる(最後に診断テストがあります)』参照


もしかすると日本人は「規則に基づいて、決められた仕事をこなすプログラマー」になろうとするのかも知れません。
それで、なんとかなんとか現実をねじ曲げて・・・、「私はクリエーターだ」と主張するかも知れません。
でも自発的に安心・安全・安定の外の未知に乗り出せなければサーバーなんですよ。

Webで見ていたら

サーバーたちは、代替可能であるゆえに、よりコストの低い海外の労働者やコンピュータにとってかわられてしまう。

という意見がありました。
http://mugendai2.hatenablog.com/entry/2013/02/21/205329

代替可能か否かが、クリエーターとサーバーの分岐点であれば、日本人の大半はサーバーです。

日本にいるクリエーターは、起業家・俳優・スポーツ選手・作家・マンガ家・・・、あとは・・・。

※日本のサーバー教育は、『『思考の整理学』から・・・』をお読みください。


そのいっぽうで、ある程度数がいる自発的なギーク層に対しては、安心・安全・安定を揺るがす存在として、「めんどくさい人」と冷遇している可能性があります。
彼らこそクリエーターなのに。
(ギークとはちょっとズレますが)ノーベル賞の中村さんはアメリカ人になってしまいました。日本では「めんどくさい人」扱いでしたが、その中村さんを受け入れたアメリカは懐が深いというか器が大きいというか、あくまでも日本と比べての話ですが。

個人的には、中村さん程度の異物(日本人だし、日本育ちだし)も受け入れられない日本に危機感を感じてしまいます。


日本では、そうやって同質を求めて異質を切り離し、
「規則に基づいて、決められた仕事をこなす人」
で周りを固めるのを止めないでしょう。
そのほうが安心・安全・安定だからです。

それで、従順なサーバーで固められた会社に対しては、「Why Japanese people? 不思議でしょうがないですよ」と先日登場の厚切りジェイソンさんみたいな人が疑問を呈するわけですよ。

以前読んだWebのページ(検索が下手なのか見つかりませんでした)に、「日本人はメイドだ」と書いてあるものがありました。
だから「アンドロイドが出るとメーカーは喜々として、ご主人さまにかしずく」なんて書いてあったと思います。

サーバーというのはサーバント(=召使い)

まさしくメイドではありませんか。

メイドの探している正解に「ご主人さま(になる)」はないのです。
困った話です。


次回は、『なんで日本で問題があった組織が正常にならないのか?』を書く予定です。

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