日本への処方箋、湯之上隆氏(タイプ5)からのメッセージ

湯之上隆氏が、
“Unsung HERO(評価されない英雄)”舛岡富士雄氏とノーベル賞の中村修二氏のこと、
そして、“Unsung HERO”がいる会社は少なからずあることを書いています。

まずは参照元を一読願いたいのですが、

今回は、その感想を書いてみたいと思います。

文章の前半では、舛岡富士雄氏の東芝に対する功績、そして、それが報われなかったことが書かれています。
読み進める内に、「これは、ノーベル賞の中村さんも同じじゃないか」と思っていたら、
青色ダイオードでノーベル賞をもらった中村修二氏との共通点にも言及しています。

まずこの部分から感想です。
舛岡富士雄氏と中村修二氏。二人とも私からは『思考者』であるエニアグラムのタイプ5に見えます。
そして二人の心情を代弁する筆者の湯之上隆氏もタイプ5だとみます。

タイプ5って、自分の得意分野を持っていると態度がでかくなるんですよね。

この文章を読んでいて思ったのは、天才数学者のペレルマンの態度に関し、同業の数学者たちが、その気持ちを代弁していたさまです(以前、一般向けのペレルマンの本の中でそういったものを読みました)。
今回の場合は、天才技術者の気持ちを同じ技術者である筆者が代弁しています。
同じタイプ5として気持ちが共鳴しているのだと思いました。

「そうか、俺は社長に謝ってほしかったんだ」
これが全てですね。

筆者のかたは、日立で働いていて、
「40歳で課長職以上は全員(DRAMからの撤退の)責任を取って辞めてほしい」という早期退職勧告で日立を辞めることになります。
このとき、次の転職先を探すのに苦戦したため、辞表を出し遅れ、早期退職制度を使うことができず、自己都合退職が適用され、本来なら年俸の2年分(2500万円)が上乗せされたはずの退職金が、たったの100万円になってしまったそうです。

そんな筆者のプレゼンを聞いていた、元日立社長の古川氏から、当時の社長ではなかったにもかかわらず、「湯之上さんには、本当に申し訳ないことをしました」と頭を下げられて、
筆者の中に怨念のように10年以上もしつこくこびりついていた“わだかまり”が、なんだかきれいさっぱりと消え去った気がしたそうです。

筆者は、東芝でNANDを発明した舛岡氏の以下のような発言を取り上げています。
「人生としてねー、研究したいよねー」
「東芝にいたかった。東芝にいて研究を続けたかった」
「報酬の少ない技術者を元気づけたかった。訴訟の請求額などは問題ではない」
「僕は戦うためにやっているわけじゃなくて、ちゃんと“評価”してくれればいいわけです」
「そりゃ、評価されたいですよ。それで、相当対価を要求したんです」
「お金の問題じゃない。“ありがとう”と言ってくれれば終わりなんだけどね」

筆者のかたは、文章の3ページ目で、「日本DRAM産業壊滅の原因」も説明しています。
この筆者のプレゼンに対して元日立社長の古川氏は、
「日本のDRAMがなぜ壊滅したのか、今まで非常にもやもやしていたが、図4を見てその理由が明確にわかった」
と言ったそうです。

これを読んで思ったのは、「日本は本当の意味でPDCAが回っていないのだなあ」というものです。
今まで来たのもをD(実行)D(実行)D(実行)D(実行)・・・と動かしていくことはできても、方向を変えたり、止めたり、そういったことは本当に日本は苦手なんだなあと思います。


本当に回っているの?日本のPDCA

辺野古への基地移設に一言【せやろがいおじさん】

「ASTRID(アストリッド)」は何処へ行くのか?――「止められない病」は日本人全体の 問題

ちなみに、今回出てきたエニアグラムの『思考者』タイプ5と、日本のタイプ6社会は、相性としては微妙なものがあります。

先ほど書いたように、才能のあるタイプ5は態度がでかいです。皆に合わせるタイプ6社会は態度のでかい人は嫌いです。
また、混沌に強いタイプ5は、タイプ6日本人の嫌いな混沌をまき散らします。これはタイプ6な人にとってはストレスです。
否定的・悲観的な意見もタイプ5はよく言います。これも安心・安全・安定が好きなタイプ6日本人にとっては、これを崩される発言なのでストレスとなります。

つまり、タイプ6社会は、タイプ5をあつかいきれなくて もてあます のですよ。それで、会社にいるタイプ5が功績をあげたとしても、名ばかりの閑職に追いやって、タイプ6の自分達が求める安心・安全・安定な、和気藹々として変化の無い職場を維持しようとするのです。

紹介した文章では、才能のある人物を「タレント」と表現していますが、
ワガママな「タレント」をマネジメントできるかと言えば、タイプ6文化ではそれが難しかったりします。

今の社会は「芸能化」しているという話があります。
芸能事務所は、どの俳優どのタレントが売れるかなんて、売り出してみないと分からない。売れていなかった俳優が突如として売れ出すこともあるし、その逆もある。
今や商品や製品やサービスがそのようになり始めている。

そんな、社会が「芸能化」している昨今、旧態依然とした日本の企業文化では、こういった「タレント」をあつかいきれない状態です。

難しい現状と言えます。

感想は以上です。
最後に、引用元文章の最後をそのまま引用して終わろうと思います。
そこに書かれているのは、たぶん、日本の技術職なタイプ5からのメッセージです。

 筆者がコンサルをして十数社を見た経験から言えば、第三、第四の“舛岡氏”や“中村氏”が存在する会社が少なからずある。そして、そのような人物は、その会社への貢献に見合うポストにもついていないし、報酬も得ていない。それどころか“出る杭”として叩かれ、足を引っ張られ、冷や飯を食わされているケースが多い。

 もしあなたが“舛岡氏”か“中村氏”だったなら、ただちにそんな会社を辞めて、相当対価を請求する裁判を起こすことをリコメンドする。あなたは、そんな会社に埋没して、一度限りの貴重な人生を無駄にしてはいけない。あなたが活躍できるステージは、世界中に無数にある。

 もしあなたが会社の経営層にいるのなら、“舛岡氏”や“中村氏”がどこかにいるのではないかということを、注意深く調査しなければならない。そして、“舛岡氏”や“中村氏”を発見したら、ただちに相応のポストに昇格させ、相応の報酬が得られるように処遇するようリコメンドする。その際、「ありがとう」と言うことを忘れないようにしていただきたい。もしそれを怠ると、将来、その人材はあなたの会社を出ていき、あなたの会社を訴えることになる。逃げた魚は大きい上に、牙をむくのである。
“舛岡氏”や“中村氏”は、「0を1にする」発明をした。これは、何もないところから価値を創造する“タレント”にしかできない仕事である。一方、多くの会社では、「0を1にする」仕事ではなく、「1を2にする、2を5にする、5を10にする、10を100にする」仕事をした人たちが評価され、昇進し、高額な年俸をもらうようになる。

「10を100にする」仕事ももちろん必要だ。しかし、それは、「0を1にする」発明があって、初めて成立する仕事である。これはまったく質の異なる仕事である。日本では不幸にして「0を1にする」仕事をした技術者が評価されない。これは多くの日本の会社が、可及的速やかに改めなければならない決定的に重要なことである。

 それがなされなければ“タレント”は海外にどんどん流出していくだろう。日本のプロ野球選手が次々とメジャーリーグに行ってしまうように。

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