王にその死を告げし者

パリ。
チュイルリー宮殿には「赤い男」と呼ばれる幽霊の伝説がございます。
この幽霊は現れると、その人の死期を告げるのだとか。
有名なのは、この「赤い男」が、ワーテルローの戦いの数日前に、ナポレオンのもとに現われたというエピソード。
その時も皇帝の死を予言して去ったと言います。
(ナポレオンはワーテルローで死ぬわけではないけれど、この時の敗戦が彼のその後を決定したのは、みなさまご存知の通り)

これ。
普通に考えたら、後付けの伝説でしょう。
でも、まるでシェークスピアのお芝居みたいな面白さがあって、看過できないほどの魅力がございます。
むしろ、魅力的だからこそ発生して、今に残っている伝説なのだと言えるのかもしれません。

もっとも、時代錯誤で迷信深い神秘主義者であったナポレオンのことですから。
少なくとも本人は「赤い男」の存在を信じていたのかもしれませんし。
実際に「会った」可能性さえ否定しきれません。
一説によると、ナポレオンが初めて「赤い男」に遭遇したのはエジプト遠征の時。
この酔狂な将軍は、ピラミッドの中で一夜を過ごして瞑想したことがあるのですが。
その時、そこに現われた「赤い男」と、なにやらの契約を交わし、それによって神秘的な力を得て皇帝になったのだという・・・・。

ぎゃおーん(*≧∀≦*)っ!
ス・テ・キっ❤

ナポレオンのエジプト遠征は、ただでさえなにかと面白いんですが。
それに『 ムー 』的な味つけがついたら、そりゃあ、もう。
面白いに決まっております。
そんなわけで、どうせ後付けだよなあ、と分かりながらトキメキを抑えられない、己の業の深さを自覚しつつ。
話を進めてしまうと、ですよ。
チュイルリー宮殿の「赤い男」がピラミッドに出るというのはどうして? という話でございましてね。
と申しますのも。
伝説の「赤い男」はチュイルリー宮殿の庭園に棲んでいる、という設定があるんです。
(いや、『 ムー 』的に読むなら、ピラミッドには「どこでもドア」機能ついてるかもなあ・・・?)

そもそも。
伝説ではチュイルリー宮殿で「赤い男」に初めて出会ったのは、カトリーヌ・ド・メディシスだということになっておりまして。
その正体についても、カトリーヌ・ド・メディシスの命令で殺害された食肉処理人、通称皮剥ぎ人ジャンなのだと申します。
この「赤い男」はチュイルリーの庭園、あるいはルーブル宮殿のその地下にある洞窟に棲み。
夜な夜な外に出ると、王侯や高位の貴族のところにのみ現れ、彼らにその死期だけを告げるのです。
カトリーヌ・ド・メディチの他。ルイ14世やルイ16世、歴代の権力者が「赤い男」にその死を宣告されたと噂されております。
その風貌は名前の通り。
赤い服。
赤い髪。
首には蛇を巻いていて、骨で作ったたアクセサリーでその身を飾っているという・・・。
なんとも異様な風体でございます。
西洋なので幽霊と呼ばれてますけど。
日本だったら、妖怪とかのカテゴリーなんじゃないかしらん。

で、この伝説の男。
何故、赤なのかといいますと。
単純に考えれば、幽霊の前身が皮剥ぎ人だったからであって。
ゆえに、血だら真っ赤。
ということなんでしょうが。
ヨーロッパにおける「赤」に対するマイナスイメージ、赤は地獄の色だったから。
そういう理由も考えられます。
どうやら中世キリスト教世界では、赤、特に黄色寄りで彩度の低い、暗い赤い色は、醜い色とされていたらしいのです。
確かに、赤毛は不吉であり、反逆者であり、魔女である可能性が高い・・・みたいな俗説がありましたし。
中世ヨーロッパで流行した観相学(当時は立派な学問とされていました)でも、赤毛は短気で怒りっぽく劣っているとされます。
つまり、赤毛で赤い服を着ているのは、悪のイメージの反復で、強調というわけです。
ちなみに、蛇はカトリーヌ・ド・メディシスの渾名(実家のメディチ家が薬局だったから)ですし、骨をつけているのは毒殺を暗示しているのだとも考えられます。
つまり。
「赤い男」伝説の成り立ちは、おそらく、イタリアからきて王妃になったカトリーヌ・ド・メディシスに対する呪詛に近い。
少なくとも個人的には、明確な悪意を感じるのですが。
それが歴代国王をはじめとする権力者全般に対する悪意として、代々引き継がれたのかもしれません。
この伝説はヴァロア王朝にとどまらず、ブルボン王朝になっても引き継がれたというのが興味深いところで。
果ては皇帝にまで引き継がれるというのが面白いところです。

ただ、歴代の権力者たちに比べて、ナポレオンは特別「赤い男」に気に入られていたらしく。
取り憑かれていたというくらい、幾度も「赤い男」に遭遇したのだといいます。
仕事中のナポレオンに「赤い男」を取りついだという証言者さえございまして。
その時のナポレオンの怯えた様子、「赤い男」を丁重に迎え入れた後は、皆追い払われてしまったことなどが、まことしやかに語られ。
伝説に厚みをつけていたりもします。

ちなみに、革命の志士たちに「赤い男」の噂はないみたいです。
独裁者と言われたロベスピエールでさえ、「赤い男」を迎えなかったのも、面白いところ。
ごく短期間であったとはいえ、絶対権力者であったことは、並の王さま以上だったような気がするんですが。
逆に言えば、「赤い男」に権力者として認められるには至らなかったのだとも言えます。
もしかしたら。
「赤い男」が現れるのは戴冠した者、つまり、バチカンに認可された権力者に限られるということなのも。
とすると、「赤い男」の存在は、神に対する間接的な呪いなのかも・・・・。
なんて妄想すると、ちょっと盛り上がります。
同時に、この伝説発生の背景には案外、宗教戦争の影があったりするのかなあ、とかも思ったりするんですが。
まあ、ここまでいくと脱線ですね。

さきに「赤い男」は幽霊というより妖怪みたいだと申し上げましたが。
妖怪というのは一説によると、どうにもならない恐怖を擬人化することによって対応しようとする、民衆心理が生んだものだそうでして。
その筋書きで「赤い男」を読み解くと。
絶対王政というシステムに対する反抗心の表れってことになるのかなあ、と思うのですけど。
そういう幽霊だか妖怪だかに、愛されたあげく、呪われるナポレオンって・・・・。
考えれば考えるほど、おモヤモヤでございまして。
なにかとトキめく伝説なのでございます。



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