病気がわかった日

お母さんの体調が良くないのかも、と思い始めたのは、去年の11月のあたま頃。
お母さんはお父さんとおじいちゃんと遠方(東北)に住んでいたけれど(新幹線で片道2時間弱)
月に1〜2回はうちへ泊まりに来るほどパワフルで元気だった。
10月にはわたしの息子の保育園の運動会も見に来て応援してくれた。お弁当も作ってくれた。10月後半にも東京と横浜へ来ていた。
本当に元気そのものだった。
だから11月に「少し疲れがたまってるのかなぁ」とため息を吐くお母さんを見て、「もう66歳なんだから。無理しないでよ」とわたしは笑っていた。あまりそこまで心配していなかった。

お母さんなら大丈夫。元気が一番の人だから。少し休んだら、きっと大丈夫。
だってお母さんだもん。

そう本気で思っていた。
でも東北の方へ帰宅したら、一応病院に行ってね。大丈夫だとは思うけど、念のためね。
そう約束して、お母さんとはいつものように別れた。

それからしばらく、なんだかお母さんの様子がおかしい、と感じるようになった。
いつもなら何でもないくだらないLINEのやりとりが、なんだかスムーズにいかない。
「病院に行った?どうだったの?」と聞いてもなんだか的外れな返信がくる。あれ?なんか…なんだろうこのざらざらとした感じ。うまく言えないけど。なんだかもやもやする。
ようやく11月後半になって、「検査の結果が出るまで時間がかかっている」という事を教えてくれた。そこでようやく、
只事じゃないんだ。もしかしたら、病気かもしれないんだ。
ととてつもない不安に襲われる。
だけどお母さんは、「心配させてごめんね。でも心配しないでね。わたしは大丈夫」
と言ってくれる。たまらなくなってお父さんにもメールを送っても、「まだわからないから話せる状況じゃないよ、もう少し待って」と言われる。
もう病院は何やってんの?!何でこんなに時間かかってんの?!早くしてよ!!
という苛立ち。不安。心配。もう何やっても楽しくなかった。仕事してる時は唯一あまり考えずにいられた。本当に仕事に救われた。夢中で働いた。
家ではもうすぐ3歳になる息子のお世話にも救われた。息子の笑顔を見るとほっとした。
旦那は「お母さんなら大丈夫でしょ。きっとただの風邪だよ、大丈夫だよ」と励ましてくれた。でもかえってそれが楽観視してるように見えてしまい、旦那には割と辛く当たってしまった。(旦那には申し訳ない事をしたと反省)

でもきっとそうだと信じたい気持ちも強かったので、結果が出るまでは大丈夫だと信じよう、と自分を奮い立たせてどうにか踏ん張った。
12月になった。
お母さんから「電話で話せるかな?」とLINEが来た。
それまでは、お互い電話をかけたい時にかける仲だった。なんでもない、たわいもない話をして数秒で切る時もあれば、充電がなくなるまで何時間も話し続ける時もあった。
でもこのたった半月で、それが出来なくなっていた。検査の結果が出るまでは…
お母さんを急かしたらいけない…
待つんだ。

その日は旦那がお休みで家にいる日だった。3人で夕食を済ませ、お風呂に入って旦那に息子をお願いして、わたしは台所でお母さんと電話する事にした。リビングだと、旦那と息子もいるからお母さんも話しづらい。別室は暖房器具がないので寒いので、リビングと隣の台所にした。
久しぶりに聞く(といっても数日ぶり)お母さんの声。心からほっとする。お母さんの声は、昔からわたしが安心できる周波が絶対に出ている。
お母さんはすごく落ち着いていた。いつもどおりだった。

「あのねぇ、どうやら大腸に癌があるみたいでね。それがもう肝臓の方に転移していてね、もう手術もできない、手を付けられない状態だと言われたの」

本当に。淡々と。
しっかりと。ゆっくりと。
落ち着いて話してくれた。思わず「あっそうなんだ」と言ってしまいそうになるくらい。
でもわたしは言葉にはならなかった。頭が真っ白になった。

「それでね、今後は抗ガン剤治療を始めていく予定よ。これ以上悪くならないようにね。お母さんの肝臓もね、本当によく頑張ってくれたよねぇ。これからは大事に大事にして、共存していけるように頑張らないとね」

ああ。
本当なんだ。
「なーんちゃって」とかじゃないんだ。
お母さんは、病気なんだ。
それももう手の施しようのない癌なんだ。転移までしてるんだ。
そしてお母さんは、もうその事をきちんと受け入れているんだ。
前に進んでるんだ。すごいなぁ。
いやちょっと待ってよ。全然ついてけないよ。
あのお母さんが?嘘でしょ?信じられないんだけど。

もう頭の中はぐちゃぐちゃだった。

「その…どうにか、ならないの?」

やっと出た言葉と一緒に涙もこぼれた。声が震えたのでお母さんに気付かれてしまった。

「ねえ、泣かないで」

急にビシッと言われた。

「わたしのために泣くのはやめてね。自分のために泣くなら、わたしの前ではしないでね。」

ぐってなった。
うぐって。
でもお母さん、たった今聞かされて、なかなか難しいよそれは。
でもお母さんがそう言うなら、我慢するよ。

「わたしはねぇ、不思議な気持ちなのよ。なんだかねぇ。もう環境汚染とか、自然破壊とか、そういった心配する必要ないんだぁ、って思ったりね。不思議と落ち着いてるんだよ。でもお父さんの前で一度だけ、泣いたのよ。お父さんに本当に申し訳ないって」

お母さんは、昔わたしに言っていた事がある。
「お父さんはああ見えてすごく寂しがり屋だから、もしわたしが先に逝ったりしたら、1人できっと寂しくて泣くと思うのよね。だから、お父さんよりは長生きしないとね」

そう言ってたのに。
でもその時はそんな事絶対に言えなかった。
わたしよりお父さんより、
本当に辛いのはお母さんだと思ったから。

それから1時間ほど話をして、また経過報告するから、と電話が終わった。
旦那が「どうだった?」と台所までやってきた。
「お母さん癌だって。転移してて、もう手術もできないって」
自分で言葉にした瞬間ぶわぁーーーっと涙が溢れ出てきた。どうしよう、どうしようと大声で泣きじゃくった。それしかできなかった。旦那が呆然としてた。「まじかよ」って聞こえた。ほんとだよ、まじかよだよ。嘘だって言ってよ。ドッキリでしたって言ってよ。なんでもするから、
お願いだから。
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#忘れないために

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