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【感情との対話】2021年10月から学習してきたことをまとめた。

みなさん、こんにちは。ご訪問いただきありがとうございます。

現在Reapraという事業投資会社に所属している小堀です。今回の投稿では、「2021年10月から学習してきたことをまとめた。」をタイトルにして「感情との対話」をテーマに学習してきたことを整理してまとめたいと思います。今回も最後までお読みいただければ嬉しいです。

半年間やってきたこと。

ボクのnoteを読んでいただいている方には既知の内容かと思いますが、改めて半年間やってきたことを紹介させていただきます。

2021年10月ぐらいから、「感情との対話」をテーマにして日々の実践、投資先のPLを改善するための活動をしてきました。その事業については、ボクの力及ばずで結果的には撤退という結果になりました。(当時書いていた具体的な実践のイメージは以下です)

つまり、自分が「感情と対話による助け合い」の学習を進めればすすめるほど投資先の「事業PL」が改善するような挑戦をしています。より具体的には、自分がその事業PLの対象となる顧客と直接的に対話をすることでダイレクトにPLを改善したり、投資先内のメンバーと感情を交えながら対話をすることで間接的にPLにポジティブな影響を与えたり…etcをイメージしています。

このチャレンジを通じて、たくさんの気付きを得ることができたので、関わらせてもらった人たちには本当に感謝です。

*なぜ「感情との対話」を学習テーマに選んだのかはこちらのnoteを御覧ください。

気付いたこと。

「感情との対話」の学習を進めるなかで気付いたことはたくさんあったのですが、その中でも印象的だったのは、「身体感覚」や「感情」といったものが人にとっては原始的で、本来みんなが持っているもののはずなのに、自分も含めてあまり活用されていないのではないか?ということです。

こちらの図はインターン生に作成してもらったのですが、この流れが人間本来持っているものだと今は思えています。具体的には、環境から何かしらの情報を認知し、その情報が脳に送られて自分の身に起きようとしていることが快なのか不快なのかが判断され、それが身体感覚(ドキドキしたり、ソワソワしたりetc)として発生し、感情(恐怖、不安、希望etc)に至って何かしらの行動をする流れです。

一方で、現代社会の多くの人がこの流れ、特に身体感覚や感情に敏感になれていないのではないかと思います。イメージとしては、社会的なルールや規範、もしくは仕事上のマニュアルのようなものが個々人の脳にインストールされて、それに従って行動をする流れが強いように感じるのです。(上記の図でいうと、認知→脳→行動の流れになっている)

例えば受験。すべてがそうなっているわけではないと思いますが、「偏差値の高い高校や大学にはいり、大きな企業に勤めれば幸せになれる」といった価値観がまだまだ強いように感じます。そういった価値観が社会的規範(いわゆる、良いこと)として個人の脳にインストールされ、行動していくことで、個人の身体感覚や感情、意思が少しずつ弱くなってしまうような環境や仕組みが社会のなかにあるイメージです。

これから。

もちろん上記のような環境や仕組みがすべて悪いと考えているわけではないです。

ただ、その一方で個人の意思や感情がそもそもどこにあるのか?を考えたり、それらを拾い上げたり、組織や社会の仕組みに波及させていくような流れが弱すぎるのかもしれないと思っています。

いま改めて自分の学習テーマをセットしている最中なのですが、この問題意識を軸にして、今後の学習を進めていくことになりそうな予感です。

結び

今回は「2021年10月から学習してきたことをまとめた。」というタイトルでnoteさせていただきました。

文中にも記載しましたが、半年間でたくさんの人に助けてもらいながら、多くの気付きを得ることができた感覚です。感情や意思を抑えながら社会と接点を持ってきた自分が(そういう自分だからこそ?)、個人の感情や意思がなかなか見つけにくかったり、それらを拾い上げる仕組みがないことが問題であるという視点を捉えたのは何だか不思議な気持ちになりました。

もし今回の対談内容を読んでいただき、感じたことや考えたこと、「こんなことを話してみたいな」と思ってくださった方がいれば、ぜひご連絡ください。一緒に何かを学び合えたらとても嬉しいです。

▼連絡先
メール:yuto.kobori@reapra.sg
facebook:https://www.facebook.com/yuto.kobori/

今回も最後までお読みいただきありがとうございました。

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