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人間の本性を見抜くデザインリサーチ

デザインリサーチの目的は?と聞かれたら、事業の機会を発見すること、事業のタネとなる着想を得ること、あるいは、消費者がなぜそのような発言や行動をするのかというWHYを知ること、など様々な視点があります。

共通しているのは、ただ単純にユーザーの発言を聞いているだけでは、良い洞察(インサイト)を得ることができず、行動観察だったり、WHYの質問等で深堀りしていくことで、対象とするユーザーの"本性"を見抜くことです。

ビジネスを成功させるためには、ユーザーとのビジネスの双方についてよく理解する必要があると言われますが、そのなかで、デザインリサーチというのは、ユーザーの本質すなわち、ユーザーの本性を見抜くためのアクティビティだと捉えることができます。

この記事では、どうして、人間の本性を見抜くことが必要なのか?そして、人間の本性を見抜くとはどういうことなのか?あるいは、行動観察をする事と本性を見抜くことの違いなどについて、身近な例を挙げながら書きます。

ユーザの本性を見抜くことの参考文献

ユーザーの本性を見抜くということについては、私が言い始めたことではなく、デザインリサーチの分野にとどまらず、行動経済学や心理学、ビジネス領域など、あらゆる分野でその重要性と、方法論が語られています。いくつか例を挙げておきます。

デザインリサーチのなかでのインタビューという手法について書かれたこちらの本では、いかにユーザの生活に深く入り込んで、イノベーションに繋がるようなインサイトを発見するのかについて細かなガイドラインが書いてあります。
サイレント・ニーズ(沈黙のニーズ)という書籍のなかでは、人間の行動観察を通じて、ユーザーの振る舞いや発言の裏に潜む本性を見抜き、ビジネスチャンスを探ることについて書かれています。
洞察力について書かれたこちらの書籍では、他の人たちが気付いていないような"視点"(インサイト)を発見するために、私たちの物事の見方を分析して、バイアスを崩すような手法について書かれています。

どうして本性を見抜く必要があるのか

そもそも、どうして、人間の本性を見抜くことが必要なのか?と考えてみると、私たち人間は、自分の本性に気付きにくいこと、自分の本性を他人に打ち明けることがほとんどないことが関係しています。

そして、人間の本性(すなわち、言う言わないに関わらず、心の中で本当に求めていること)を知ることができれば、その隠されたニーズを満たすことがビジネスチャンスに繋がることは容易に想像ができます。

もう少し具体的に考えてみます。

行動に本性が現れるのか?

デザインリサーチのなかで、"行動観察"という手法があることはよく知られています。主旨としては、人間は何を"言う"のかではなく、どんな行動をとるのかにその本質が現れるということです。

よく挙げられる例として、マクドナルドで新しい商品を企画するため、顧客にアンケート調査やインタビュー調査を行ったところ、より「ヘルシー」な商品を食べたいというニーズがありました。そこで、お肉を使わないベジタブルバーガーなどを新商品として売り出すことにしたが、実際には全然売れなかったという話があります。

この事例で言われているのが、顧客にマクドルナルドでどんなハンバーガーを食べたいのか?と聞くと、ヘルシー志向な商品と"口では言う"にも関わらず、実際には、マクドナルドにヘルシー商品は求めていないという話です。最近のマクドルナルドのヒット商品として、夜にプラス100円出すとパティが2倍になるというものがあります。

別の事例でいくと、Amazonの消費者データの分析では、閲覧履歴はほとんど重視されておらず、実際に購買したという行動のデータを用いて、商品のオススメをしていると言う話があります。

このように、顧客の発言は必ずしも本音を反映してはおらず、実際には顧客の購買行動に本質が現れる例だと言われています。

でも、本当に、行動を観察していけば、ユーザーの本性を見抜くことができるのでしょうか?

満員電車に乗るのは"習慣"でも乗りたくないのが”本性"

新型コロナウィルスの感染拡大以後、満員電車をできるだけ避けて、できる人はリモートワークを中心に勤務する流れが続いています。

もし、行動だけをみるのであれば、私たちは好むと好まないに関わらず、満員電車に乗るという本性を持った人間だと考えられます。ところが、テレワークを中心に働いている人の6割は、通勤電車でのストレスがなくなり、快適になったというデータもあります。

このようなケースでは、テレワークが始まる前までは、嫌々我慢をして満員電車に乗っていた人たちが大半で、できれば、乗りたくないという本音をもっていたと考えられます。

このように、ただ単に行動を見ていれば本性が分かるものではありません。本性を見抜くことは、その行動の裏にある隠された本音を発見することであり、表面的な行動を見るだけではそこに到達することはできません。

このように、顧客の言うことは信じることができず、その行動からもその本性は見抜くことができません。実際には、その行動や発言に加えて、人間が誰しもが持っているような欲求を重ね合わせて、総合的に考えて行くことになります。もう少し具体的に考えて見ると、

どうして我々は映画館に行くのか

今の時代、ネットフリックスや、アマゾンプライムで自宅で気軽に映画を見ることができます。それでも、いまも映画館で映画を見る人は大勢います(今の3密回避の状況をのぞいて)。

ポップコーンが食べたいとか、大きなスクリーンで映画を見たいとか、様々な理由があるとは思いますが、最も大きな理由として、ただ単に"映画を見る"という目的で利用しているわけではないと考えられます。

つまり、映画を見に行く理由には"デートをするため”、"家以外の場所で1人の時間を楽しむため"、など、映画を見る以外の目的が大きいと言われます。

もし、このように、映画を見に行く顧客の本性を見抜くことができていれば映画館の取るべき施策としては、放映のラインナップを増やすことではなく映画館をもっとデートに適した体験を設計するとか、あるいは、お一人様がよりリラックスしてくつろげるようなサービスを展開するなど、新しい施策を打つことができるのではないでしょうか。

利用目的でお財布が変わるーメンタルアカウンティング

最初に、ビジネスを成功させる(とりわけ、新規事業を創出する視点)ためには、ユーザーとビジネスの双方を理解することが大事であり、そのなかでデザインリサーチはユーザーの本質を理解することに繋がると書きました。

ただ、最終的に新規事業を成功させるなど、ビジネス成功にウェイトを置くとすると、どのように、ユーザーの理解がビジネスに繋がっていくのかが、気になると思います。

映画館の事例のように、新しいビジネスアイデアとして、ユーザーの本性を見抜いたものと、表面的なニーズを捉えたものでは大きくことなります。

加えて、メンタルアカウンティングと呼ばれる、使用目的によってどれだけのお金を使うかの意思決定が変化する「心の会計」という概念があります。

例えば、映画を見るという値段はネットフリックスやアマゾンプライムが存在する限り、せいぜい月々1000円で何本でも見られるというのが相場です。映画館で映画を見ようとすると、1人1回で1000円は超えてしまいます。

でも、もし、映画館を「気になる異性とのデート」という利用目的として、考えた場合、会計を考える"お財布"が変わってくると考えられます。デートを成功させるという目的であれば、2人で4000円でも高くはないかもしれません。

もう少し分かりやすい例でいくと、サラリーマンのお昼ご飯はケチって、マックや吉野家で500円以内で済ませようとするにも関わらず、異性とのディナーでは、2人で10,000円出すということもあると思います。

このように、利用目的が変われば、相場は全く異なってくるという考え方があります。逆に言えば、同じ土俵で勝負をしている限り、その相場価格から逃れることができず、価格競争に陥ってしまうかもしれません。

映画の例でいけば、ユーザーの本性を見抜くことができれば、デートをする、1人の時間でのリラクゼーションという現状とは別の利用目的での、サービスを考えるなど、新しい価値を提案することが可能だと思います。

これはあくまで一例ではありますが、デザインリサーチによって、ユーザーが行動する裏にあるその本性を見抜くことができれば、競合や現状の相場とは違うレイヤー(新しい価値)で勝負するビジネスに繋がると思います。

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デザインとビジネスの間であるビジネスデザイン、サービスデザイン、デザインリサーチという領域では、デザインという領域にとどまらず、行動経済学や認知心理学、社会学やMBA的な領域まで繋がり、大変面白い分野だと思っています。様々な専門領域が重なったとしても、ユーザーの本性を見抜くというデザインの本質とビジネスへの接合を考えながら進めることが大切だと考えています。

写真:フィンランドのエスポーにある美術館で撮影

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