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「意味のイノベーション」を実践するためにーフィンランドのデザイナー・心理学教授との研究紹介

意味のイノベーションについて、フィンランドのアアルト大学の修士論文で、Pentagon Design(1996年から続く老舗デザインファーム)のシニアデザインストラテジストと、心理学の教授に指導を受けながら、具体的な実践アプローチについて研究していました。意味のイノベーションは、ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンディ教授が提唱した新しい価値を提案する商品/サービス開発手法で、「市場分析やユーザーのニーズから始めるのではなく、創り手個人の思いやビジョンを深化・表出させていくアプローチ」が特徴的です。 日本でも、大学、デザインファーム、コンサルティングファームなどが取り上げ、多くの情報が手に入るようになってきました。しかし、ベルガンティ教授の論文や書籍の焼き回しの内容も多く、意味のイノベーションの方法論やマインドセットについての概念の議論に終始し、実際に組織や個人で実践していくためにはより具体的なアプローチが必要(方法論ではない)と感じています。 フィンランドでは数は少ないながらも、ベルガンティ教授が意味のイノベーションを提唱する前から、意味のデザインを実践してきた約6名のデザインプレナー、デザインストラテジストやビジネスデザイナーに出会うことができました。今、実際に、社会課題解決型のビジネスデザイナーとして活動するなかで、改めて、意味のイノベーションの学びが役に立っていると感じているので、フィンランドでの研究内容を紹介しようと思いました。(2018年10月~2019年5月に研究した内容です。)

1.意味のイノベーションとは

意味のイノベーションとは、Design for Europe (ヨーロッパで, design-driven innovation = 意味のイノベーションを普及させるため、EUと各国のデザインファームや大学によって設立された機関)によると、次のように説明されています。

"Design-driven innovation is an approach to innovation based on the observation that people do not just purchase products, or services, they buy ‘meaning’ – where users’ needs are not only satisfied by form and function, but also through experience (meaning). " 和訳:「デザインドリブンイノベーション(意味のイノベーション)とは、人々は単なる製品やサービスを購入するのではなく、彼らは「意味」ーすなわち、ユーザーのニーズは見た目や機能のみによって満たされるのではなく、体験(意味)によって満たされるーという洞察に基づいたイノベーションへのアプローチのことである。」

さらに、ここでいう「意味」について、次のように説明しています。

"The meanings that a product or service might have for its users include the memories it invokes, the extent and quality of interaction and enjoyment. These determine how closely the user identifies with the product or service and how much the product or service becomes part of the user's sense of self. A product or service can hold meaning by embodying goals, skills and shaping the identity of its users." 和訳すると、「意味とは、例えば、製品・サービスがユーザーに想起させる思い出であったり、製品・サービスとの関わり合い(体験)や喜びなどの「質」と「幅」のことである。これらの意味が持つ価値は、ユーザーがどれだけ製品・サービスに親近感を覚えてくれるのか、どれだけ製品・サービスを自己の一部として認識してくれるのかによって決定されます。製品やサービスの意味は、伝えたいゴールやスキルを埋め込み、ユーザーのアイデンティティ(個性)を形づくることよって生まれます。」

まとめると、意味のイノベーションとは、機能や見た目だけでなく「プロダクトやサービス体験を通じて、ユーザーの感じる新たな情緒的・心理的価値(心地よさ、素敵な思い出、喜び、繋がりetc)を提案するイノベーション手法」のことです。この情緒的・心理的価値がプロダクトやサービスの「意味」となり、現代において、生活者がプロダクトやサービスを購入する理由だと解釈できます。

余談:意味のイノベーションの源流

ベルガンティ教授が「デザインドリブンイノベーション」が意味のイノベーションという言葉とイノベーション手法について広めた第1人者だと思いますが、個人的には、米国のデザインストラテジーの専門家たちが、2004年に書いた本:Making Meaning: How Successful Businesses Deliver Meaningful Experience(未翻訳)が最初に、意味のイノベーションとそのアプローチを提唱したのではないかと思っています。ベルガンティ教授の本と比べて、こちらは哲学的な説明は省いて、ビジネスを生み出す部分に特化した薄い本で非常に分かりやすいです。興味のある方はぜひ読んで見てください。

意味のイノベーションの事例

話を戻します。抽象的な概念の話で分かりにくいと感じたと思うので、3つほど事例を挙げます(参考:突破するデザイン)。ほかの記事でも事例は多く紹介されています。この記事では、「意味」=「情緒的・心理的な価値」に着目して、イノベーションの起きる前後の変化を整理します。

1.Nintendo Wii

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公式HPより)

意味のイノベーションの事例として、任天堂Wiiはよく取り上げられています。それまでのゲーム機の当たり前は、指を使ってコントローラーを操作してプレイする、主に子供がゲーム好きな大人のための娯楽だと見られていました。一方、Wiiは直感的に操作できるコントローラーと、友人や家族と一緒に遊びやすい設計により、今までユーザーではなかった家族やお年寄りまで体を動かして楽しめるものに変わったと、ベルガンティ教授は説明しています。ゲーム機を使用する「意味」は

旧 意味:主に1人でゲームにハマってプレイする
新 意味:友人や家族と体を動かして楽しむ

旧 心理的価値:ゲームにハマる没頭感
新 心理的価値:友人や家族との繋がり/身体を動かすリフレッシュ

2.Yankee Candle

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公式HPより)

この事例では、ロウソクの意味が時代の移り変わりと共に変化すると説明されています。元々、ロウソクには「電気」が止まった時に、「明かり」としての役割を担っていました。生活レベルの向上と共に、ロウソクは非常用の明かりという役目ではなく、ロウソクを灯して、ムードを楽しんだり、来客を歓迎するという別の使われ方をするようになってきました。この社会トレンドの変化を掴み、意味のイノベーションの事例として挙げられている、ヤンキーキャンドルは、感情的な暖かさを演出するようデザインされたキャンドルを販売し成長しています。

旧 意味:明かりを灯す(非常時に)
新 意味:あたたかで/歓迎する雰囲気をつくる

旧 心理的価値:万が一の安心感
新 心理的価値:あたたかな気持ち、人との繋がり

3.フィリップスヘルスケア(B to B)

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公式HPより

B to B 領域での事例です。Philips AEHは病院のためのイメージング撮影をする部署です(CATスキャン、MRIなど)。LEDやビデオアニメーションの投影などを使って、患者さん(特に子供)が検査の時にもっとリラックスした状態になれるサービスを提供しています。子どもはスキャンに入る時に不安を感じ、動いたりして上手くイメージングできないことがありました。

旧 意味:デバイスのパワーにより正確なレントゲンをとる
新 意味:リラックスした環境の中で正確なレントゲンをとる

旧 心理的価値:不安(ネガティブ)
新 心理的価値:リラックス、安心感

このように、意味のイノベーション事例では、新しい心理的な価値が提案されているケースが多いです。意味のイノベーションが注目を集めるようになってきた背景をみていくと、その理由がはっきりしてきます。

2.意味のイノベーションがブレークする社会背景

意味のイノベーションが注目される理由は、社会の変化、消費者の価値観の変化によって、プロダクトやサービスに対して、見た目や機能のみではなく「意味」を買うようになっていると言われています。具体的には、社会学や心理学を踏まえて、グローバルレベルで3つの背景があると考えています。

①社会文化的な捉え方:多様化する選択肢

②社会経済的な捉え方:工業経済→体験経済→情報経済→変革経済へ

心理学的な捉え方:基本的欲求の上位ニーズへ

①社会文化の側面から見てみると、親世代と比べて、人生の選択肢が多様化していることが挙げられます。ベルガンティ教授が解説するように、日常生活レベルで考えると、プロダクト・サービスの選択肢は非常に多くなっています。日本で言えば、スーパーで買い物にいくと、同じ商品(例えば、醤油)でも本当にたくさんの種類があることに驚かされます。そこで、消費者が求めるのは、WHAT(何を?)の次元ではなく、WHY(なぜ?)この商品を買うのかが重要となっていると説明しています。

もう一歩踏み込んで、人生全体を考えてみます。社会心理学者の権威であるBaumeister (1997)は次のように述べています。

"Diversity in the modern society frustrates the quest for solid values. The strong values that guided our ancestors, such as the tradition and the religion, have been weakened during the modernization of the society, and no firm values have replaced them. In this context with more choices and diversified values, the challenge is to find the right direction which comes from the right ‘meaning’." 「現代社会の多様性は、絶対的な価値観の探求を挫折させている。我々の先祖達が強く信じていた価値観、それは、伝統であったり、宗教であったりが、社会の現代化に伴い、弱体化している。そして、どんな価値観もそれを救うことはできていない。選択肢が増え、多様化する価値観というコンテキスト(文脈)のなかでは、正しい「意味」から、来る正しい方向性を見定めることが最も難しいことである。」

さらに、心理学者のBarry Schwartzも、著書である「選択のパラドックス:なぜ少ない方が豊かなのか」で以下のように述べています。

"The radical change of society and technology make it easy for us to lose the meaning of lives and people themselves don’t know what is meaningful for their lives. Previous generations naturally found answers as they grew older because they found a direction in the less frequent changes and was more easily determined by a clear and stable institutional culture. " 「社会とテクノロジーの急速な変化は、人生おいて「意味」を見失いやすくさせている、我々自身は、何が自分たちの人生にとって、Meaningful(豊か)なのか分かっていない。先代達は、年をとるにつれて自然と答えを見つけて行った。なぜなら、変化がそれほど頻繁ではないなかで方向性を見つけることができたし、明確で安定した制度文化の中で、簡単に規定されてきたからだ。」

要するに、我々は社会変化の激しい時代と生き抜くために、何が自分たちにとって、「意味」があるのか(meaningful / 豊か)を、個人個人が定義していく必要に迫られていると解釈できます。これまで画一的な価値観で生きれば良かったのが、多様化する中で、自分なりに「意味」を見出していくことが求められています。日常生活においても、プロダクト・サービスがどのような「意味」を自分の生活や人生にもたらしてくれるのか日常生活においても、プロダクト・サービスがどのような「意味」を自分の生活や人生にもたらしてくれるのか、意識的か無意識的に、選択を行うと理解できます。

②社会経済的側面から見ると、日本でも有名な本:経験経済ーエクスペリエンス・エコノミーでは、大量生産型の工業経済、便益を提供するサービス経済、そして、現在は、思い出に残る「体験経済」の時代だと語っています。1.意味のイノベーションとは のところで書いたように、「意味」のイノベーションは、プロダクト・サービス「体験」を通じてユーザーがうけとる新しい「意味」を提案するアプローチであり、体験経済の台頭から注目される理由がわかります。

さらに、フィリプスの研究員が執筆した論文 "Rethinking value in a changing landscape. A model for strategic reflection and business transformation" (変化するランドスケープにおける価値を再思考する)を参照します。この論文では、時代の移り変わりと、経済を動かすドライバーの変化を分かりやすく説明しています。

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左から右へと眺めていくと、工業経済の時代に標準化された生産機能、大量生産、ルールに従うといった重要なポイントから、体験経済では、ライフスタイルの個性の追求やブランド体験、知識経済では、個のエンパワメントや可能性の開発、創造性の解放、そして、変革経済(ここは著者の予測)では、豊かな生活、意味の向上、価値のネットワークというように、フォーカスが変わっていくと述べています。ここから読み取れるのは、経済のドライバーがプロダクト・サービスの機能といった短期的な体験から、生活、人生へと徐々に体験の時間軸が長くなっていることが分かります。具体的な例を挙げると、工業経済では標準化された製品(例えば、洗剤)を通じた体験は、その製品を使う時間のみです。体験経済ではライフスタイルを提案するサービス(例えば、スターバックス)の体験は、その空間に入ってからコーヒーを飲み、店を出るまで続きます。知識経済に入ると、個をエンパワメントする(例えば、Youtubeでスティーブ・ジョブズの動画を見る)体験を提供し、その体験は動画を見ている時間だけでなく、見終わった後の人生にも影響を与えるような時間軸の長さがあります。変革経済では、価値のネットワークを通じて、ステークホルダーと共に、豊かな生活を実現するサービスを提供したり、享受します(想像ですが、信頼できる仲間と共に地域の課題を解決するサービスを提供するイメージ)。共感して価値観で繋がる人達と一緒に価値を提供し合うことは、人生そのものに近づいていくような感覚があります(最後の変革経済の部分は未来の話で、あくまでも予測です)。こうしてみると、プロダクト・サービスを提供する際、それらを使用する瞬間の体験を考えれば良かったのが、徐々に時間軸が長く、生活全体、あるいは、人生といった長い時間軸で、対象とする生活者の「意味」を考えていく必要があります。意味のイノベーションのアプローチは、今の一時的な流行ではなく、これから益々重要となるアプローチと言えるかもしれません。

③心理学的な捉え方をすると、マズローの欲求階層説に代表されるように、基本的な欲求(食べ物、睡眠、安全、健康など)が満たされてくると、徐々により高次な欲求へとフォーカスがシフトすると言われています。高次な欲求とは、愛や人との繋がり、創造性、自己受容など、より精神的な欲求だと言われています。「意味」という情緒的・心理的価値が求められる1つの理由として、先進国を中心に、基本的なニーズの多くが満たされていると考えることができます。この点について、ベルガンティ教授は肯定的ではないそうですが、意味のイノベーションの事例が先進国で生まれていること、またその事例が先進国での展開はあるものの、途上国では展開事例を見ていないことから、先進国を中心に「意味」に対するニーズが高まっていると考えられると思います。

まとめると、意味のイノベーションがブレークしつつあるのは、人生の選択肢の多様化による意味を見失い社会文化的な時代背景、経済を動かすドライバーとしての個別の生活・人生といった長いスパンでの体験価値が求められる社会経済的な変化、基本的欲求が満たされることによる人間のニーズの進化といった人間心理的な変化があるからと考えられます。これらのメガトレンドに適応した、現代あるいは今後も重要となってくるアプローチが意味のイノベーションだと理解できます。

3.意味のイノベーションアプローチ(理論の部分)

アプローチについては他記事や文献でまとめられています。例えば、ジマタロさんのnoteはとても分かりやすかったです。

安西先生の書籍(デザインの次に来るもの)やブログは非常に分かりやすく勉強になります。

この記事でも簡単に、ベルガンティ教授のデザインドリブンイノベーションと突破するデザインの著作から、意味のイノベーションのアプローチについて触れておきます。

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著作デザインドリブンイノベーション(2009)のなかでは、解釈者(専門家)を巻き込みターゲットする生活者のコンテキストの変化を読み解き、その新しいコンテキスト(生活スタイルなど)に訴求できる新しい「意味」を提案することが強調されていました。

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著作突破するデザイン(2017)のなかでは、自分の内なるビジョンから始まり、ペアでディスカッションしたり、グループで対話したり、専門家や解釈者と呼ばれるターゲットとする生活者に詳しい人達を巻き込んで、新しい「意味」をデザインしていくアプローチが説明されています。そして、この方向性が「内から外」であることから、一般的に知られている人間中心アプローチやデザイン思考の「外から内」とは違う点が強調されていました。実際には、もう少し詳しい「意味のデザイン」をするテンプレートのようなものも紹介されてはいましたが、ここでは割愛します。

4.研究の着目点と問い

これまで意味のイノベーションに関する研究は、ベルガンティ教授のバックグラウンドであるマネジメント視点(経営者視点)で書かれており、意味のイノベーションというアプローチの重要性や、外せない特徴は大凡理解できましたが、では、デザイナーなど実行者の視点から、新しい意味をデザインして、プロダクト・サービスを開発していけるかどうかと言われると、正直、実践できるイメージが湧きませんでした。

大きく分けると2つの疑問を抱きました。

1つ目はどうやったら、新しくデザインされた「意味」から、より具体的なプロダクト・サービスのコンセプトに落とし込んでいくのだろうか?という問いです。意味をデザインすることについての議論が非常に抽象的であることに加え、実際に新しい意味を創造することができたとして、具体的なコンセプトにするためには、どのように取り組めばいいのでしょうか。

2つ目は、項目2.意味のイノベーションがブレークする背景 で書いたように、意味のデザインは、人間心理と密接に絡んでいるのにもかかわらず、どんな体験に人々はmeaningful(心理的に価値がある)な意味を見出すのかといったポイントについては議論があまりされていません。

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この図のように2つの疑問を整理してみました。

この2つの問いをデザインプロセスと照らし合わせ、4つの問いに整理しました。デザインアプローチについては、British Design Councilというイギリスのデザイン評議会が著名なデザイナーやアップル、任天堂などのデザインマネージャーを研究した、優秀なデザイナーに共通するフレームワークDouble-Diamond Design Process(🔷🔷)を参照しています。

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1.どうすれば、ユーザーにとってmeaningful(心理的価値をもつ)な意味に関する「インサイト」を得るすることができるのだろうか?

2.どうすれば、新しい「意味」を創造することができるのだろうか?

3.どうすれば、新しい「意味」を具体的なプロダクト・サービスのコンセプトに落とし込むことができるのだろうか?

4.どうすれば、新しい「意味」をもつコンセプトをテストすることができるのだろうか?ーどうやって心理的価値を持つかどうか評価するの?

これらの疑問を解消していくことが、意味のイノベーションを実践していくスタートラインに立てるだろうと考えて研究をしました。

4.研究のアプローチ

意味のイノベーション(デザイン)を実践してきた、フィンランドのデザインプレナー、ストラテジスト、ビジネスデザイナーなど6名にインタビュー調査を実施しました。6名のプロフィールを(本人達に確認して開示可能な範囲で)示します。意味のイノベーションという言葉が提唱される前から、実践してきた方々です。(ご協力くださり大変ありがとうございます。)

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先ほど設定した4つの問いに対して、対面形式でインタビューし、デプスインタビューという形で話を深堀りして聞いていきました。そのインタビュー内容をボイスレコーダーで記録させてもらい、全てテキストに落とし込んでいきました。

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このような形で、4つの問い毎に色分けをして整理をしました。次に、Atlasという言語解析を補助するソフトウェアを用いて、6名の言語データを事実ベースで整理をしていきます。例えば、次のように分析をしていきました。

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最初に、QUOTATIONS(実際の発言)に複数登場するコンセプトを書き出し(複数のデザイナーの共通認識)、さらに、その第1コンセプトのなかでも共通するコンセプトを第2コンセプトとしてまとめ、さらにそこから共通するコンセプトをテーマとして、分析していきました。定性的な実証研究ではよく使われるアプローチで、具体的なデザイナーの発言を徐々に一般化して3段階次元を上げていきます。このプロセスにより、最も重要なポイントが見え、そこにぶら下がる形で問いに対する答えを整理することができます。

5.研究結果と学び

ここが本記事のメインパートであり、研究から見えてきた学びです。6名全てのデザイナーあるいは少なくとも4名以上に共通するアプローチが見られた内容についてお伝えします。(ただし、6名の限られたリソースを基にしていること、誰一人として全く同じアプローチではないことから、我々が自分なりに取り組むための参考として捉えていただければと思います。)

4つの問いごとに見ていきます。

5-1:意味のインサイトリサーチについてーMeaningfulness(心理的価値)のリサーチと解釈

結論から言うと、新しい意味のデザインを試みる時、明確にmeaningfulness (ユーザーの心理的価値)を定義することはありませ。もう少し言うと絶対的な価値というのが存在しないため、デザイナー達は手探りで進めるとの共通認識でした。その手探りの方法は、ユーザーを取り巻く現状の生活文脈のなかで、ユーザーの求めている「意味」を探して行きます。その意味というのは多様な解釈があり、生活の中でどんなことを求めているのか?どんなことを達成しようとしているのか?何に緊急性を感じているのか?といったことをリサーチしていきます。その際、重要なのはユーザーがプロダクト・サービスを使用している文脈よりも、もっと広い、ユーザーの生活全体あるいは人生の中で、ありうる全ての「意味」を探索、傾聴、観察していくことです。詳しく見て行きます。

5-1-1. ユーザーのMeaningfulness(心理的価値)に絶対的コンセプトはない

エンドユーザーにとってのmeaningfulness(心理的価値)を捉える絶対的なアプローチは現状存在しておらず、デザイナー自身も確証の持てるメソッドがないため、毎回のプロジェクトで苦労している部分だと語っていました。

代表的な発言を引用すると、

“Everyone is sort of struggling with the fact that it’s hard to use some kinds of methods to understand what users value because users themselves don't understand what is meaningful for them.”「全てのデザイナーは何かしらのメソッドを使って、ユーザーが本当に価値を感じるものは何か?という問いに答えることに苦労している。なぜなら、ユーザー自身、一体何がmeaningful(価値があるのか)分かっていないようです。」

つまり、ユーザー自身も生活や人生の中で、何がmeaningful(価値があるのか)ということを理解しているようで、理解していないため、それをデザイナーが捉えることは簡単ではないようです。このポイントは、2.意味のイノベーションがブレークする社会背景 で見たように、社会変化の激しい現代において、人々は自分なりのmeaningfulness(価値があるもの)を見失いやすいというバックグラウンドと照らし合わせても、よく理解できます。

では、実際に、どのように意味のリサーチと解釈を行うのでしょうか。

5-1-2. ユーザーの広い生活文脈における「意味」を探す →「価値観」の理解

ユーザのmeaningfulness(心理的な価値)を定義しようというマインドセットではなく、meaningfulnessを理解する上で役立ちそうな、ありとあらゆる現状の「意味」を探索します。意味を探索する際、ターゲットする生活文脈(例えば、スーパーでのお買い物)に限定せず、より広い生活全体における意味に着目します。ここでも「意味」を明確には定義しませんが、次のような問いを設定して、探索していました。

モチベーション:ユーザーは生活のなかで、どんなことにモチベーションを感じるのだろうか?
ニーズ:ユーザーのニーズは何だろうか(pain=悩み, challenge=課題とも、表現していました。)
緊急性:ユーザーはどんなことにurgency=緊急性を感じて生活を送っているのだろうか?
ライフスタイル:対象とする人々はどのようなライフスタイルを持っていてそれはどのように変わってきているのだろうか?
振る舞い:ユーザーはどんな振る舞い(行動や態度)をもっていて、それはなぜだろうか?
目的:ユーザーは対象とする生活文脈のなかで、どのようなことを達成しようとしているのだろうか?

この問いを探索する上で、ユーザーのヒアリング内容はそれほど重視せず、ユーザー観察を重視しているようです。ユーザー自身も何がmeaningfulnessなのか理解していないため、デザイナーがユーザーの行動観察等を通じて、どんなモチベーションを持つのか、どんなニーズを持つのかについて、アタリをつけていました。ここで印象的だったのは次のような発言です。

“We don’t listen to customers when they say I want this. That’s not valuable. I want to hear all the problems they have…. It’s more like discipline method of understanding value”「ユーザーがこれ欲しい!ということは、話半分で聞いています。それは価値のある内容ではありません。私は彼らがもつ全ての問題を捉えようとします....(省略).....そのアプローチは、根気強く彼らの「価値観」を理解しようとする手法に近いと思います。

意味のインサイトリサーチとは、ユーザーの広い生活文脈における「意味」を探索すること、つまり、ユーザーの「価値観」を根気強く理解するアプローチだということです。この「価値観 (Value)」は「信念(Belief)」とも表現されていました。価値観というと理解しにくいかもしれませんが、何に重要な価値を置いているかということで、今回のインタビューでは例として次のようなものが出てきました。

Belonging:人との深い結びつき(愛着や帰属)
Relationship:他者との良好な関係性
Positive Emotions:前向きな感情(喜び、期待、楽しみ)
Discovery:発見(好奇心)
Creatiivity:遊び心をもって創造的になること
Self-Branding:セルフブランディング(他者から見える自己のイメージ力)

ユーザーのヒアリング内容だけでなく行動観察等を通じて、ユーザーが生活と人生のなかで大切にしている価値観を理解していくことが、意味のインサイトリサーチのアプローチだと考えられます。

5-1-3. 有力な仮説を立てる。そしてアップデートする。

意味のインサイトリサーチでは、ユーザーの生活における「意味」や「価値観」といった唯一絶対の正解がないことを理解しようと試みます。繰り返し強調されていたのが、あくまでも、「仮説」に過ぎないということです。

この点について、次の発言が印象に残っています。

“It’s a design guess. Good design guess is to test and have a better guess.”

Design Guess(デザイナーの勘)と呼ばれる概念があるそうで、良いDesign Guessとは、最もらしいGuess(仮説)を立てて、それをテストして、より良いGuess(仮説)を得ていくことだと発言されています。つまり、リサーチをしても精度の上がった仮説が立てられるだけど、テストを繰り返すことでより良い仮説に仕上げていくということです。企業の「予算」によってもこの段階に時間をかけられるかどうかが決まってきて、大抵の場合、予算が限られているため、クイックに意味に関するリサーチをした後は、その時点で最も確度の高い予想をして、いかに速く検証をするのかに力点を置いていると、6名中3名のデザイナーは言っていました。

5-1-4. 番外:途上国ではMeaningfulness(価値がある)のコンセプトは明確

今回の研究にご協力いただいた1名のデザイナーの方は、アフリカ向けのモバイル教育コンテンツを作っており、フィンランドなどの先進国と途上国での違いについて語ってくれました。その中で面白かったのは、先ほど書いた曖昧な価値観を理解することが難しいという話の反対で、途上国では明確であるといった主旨の発言をされています。

“In so-called developing countries, it’s really beautiful that they have set high goals and clear directions….. Internal motivation is really key thing which I don’t see this kind of internal motivation especially in the young people in Finland for example.” 「いわゆる途上国では、彼らは高いゴールを設定して、明確な進むべき方向性を持っている。それが本当に美しいことだと思う。内から湧き出るモチベーションが真に大切なことだと私は感じている。こういう内から湧き出るモチベーションは、例えば、フィンンランドの特に、若者のなかにはあまり感じることができない。」

途上国という括りが適切な表現ではないとは思いますが、例えば、アフリカ(ケニアなど)では、生活者はどうなりたいのか理想の姿を明確に知っている傾向があるそうです。そのため、素直にインタビューをしたり、行動観察をつぶさに行なっていけば彼らにとってのmeaningfulness(価値あるもの)を理解することは先進国ほど難しくないと言っていました。そのような途上国の文脈では、何がmeaningfulness(価値があるのか)といった議論ではなく、どうやったらその理想の姿を支援できるのか、どうやったら価値を届けられるのかといったHOWの議論がより重要となってきます。

5-2:意味を創造するアプローチについて

意味のインサイトリサーチを経て、どのようなアプローチで新しい「意味」をデザインしていくのでしょうか。ここが「意味のデザイン」の議論の中心的なポイントとして取り上げられてきました。

結論からいうと、今回の研究にご協力くださった方々は、意味のデザインのアプローチとして、human-centered design やデザイン思考のようなユーザーヘの深い理解を中心に置くアプローチ(外から内)と、意味のイノベーションの理論で解説されている自分達の内なる思いを深化・表出させていくアプローチ(内から外)を組み合わせたような取り組みを実践されていました。もう少し詳しく、見て行きます。

5-2-1. 変化に対応するアプローチとドライブするアプローチ

前提として、新しい意味を創造していくようなアプローチ(意味のイノベーション)と、現状の意味を上手く捉えてニーズを満たすアプローチ(human-centered design)を分けて考えていました。意味を創造するデザインを「変化をドライブする」アプローチ、現状の意味のなかで新しいプロダクト・サービスを提案するデザインを「変化に対応する」アプローチだと、呼んでいました。そして、ほとんどのケースでは、意味を創造しようとはしないと言っていました。なぜなら、ユーザーから受け入れられないリスクが非常に高く、投資判断が難しいためです。では、どのようなタイミングで意味の創造に取り組むのでしょうか。それは企業を取り組む外部環境の変化によって、意味の創造に取り組まなければならない状況がきた時だと言っています。これまで提供していた価値が徐々に当たり前となり、新しい価値を創造する必要に迫られた時に、意味を創造していかなければならないと言っています。(ベルガンティ教授が意味のイノベーションは、デザイナーなどの担当者レベルではなく、経営層、マネージャー陣から取り組むべきだと伝えているのはこのためだと理解できます。)

"As a company, we are always sort of trying to drive the change or just react to change. These two design approaches are practiced depending on the intended scale of meaning change. The smaller change of meaning in a product or a service corresponds to the approach of reacting to the socio-cultural change. On the other hand, a larger change in meaning corresponds to the approach of driving the socio-cultural change."      「会社として、我々は、変化をドライブしようとするか、または、ただ、変化に対応しようとするのかどちらかです。これら2つのデザインアプローチは意図する「意味の変化の大きさ」によって 実践される。小さなプロダクト・サービスの意味の変化を提供する時は、社会文化的な変化に、追随する形で取り組み、一方、意味に大きな変化が求められる時は社会文化的な変化をドライブするアプローチをとっています。」

ここでいう「変化」とは、社会文化的なコンテキストの変化のことで、具体的には、生活者を取り巻くコンテキスト(文脈)変化を表しています。例として、生活者の行動パターン、日常生活での習慣などが挙げられます。変化に対応するとは、既に顕在化している生活者の価値観の変化(行動パターンや習慣を含む)をよく理解して、プロダクト・サービスを新しく提供し直す取り組みです。社会文化的な変化に対応していく人間中心的なアプローチでも、ユーザーの価値観の変化を捉えることができれば、結果として、新しい「意味」をもつプロダクト・サービスができると言っています。ただし、意味の変化は小さく、イノベーションと言われるような社会に影響をもたらすようなものではありません。一方、変化をドライブするというのは、徐々に起こりつつある社会変化の兆しを捉え、その変化に沿った形で、新しいプロダクト・サービスの意味を提案していく取り組みです。ここでは、イノベーションに繋がっていくような「意味」の変化を意図的に創造していくアプローチを、意味のデザインとして捉え、話を進めます。

それでは、意味のデザインの実践者達はどのように「変化をドライブする」意味を創造していくのでしょうか。

5-2-2. 変化の兆しを捉える

最初に、生活者のコンテキストに影響を与えると思われる社会文化的な変化の兆しを集めます。例えば、社会のメガトレンドだったり、ライフスタイルの変化、他者との関わり方の変化、生活に影響を与えそうなテクノロジーの変化などです。さらに、別の業界で起こりつつある変化などを参照します。これらはできるだけ事実ベースで情報を収集します。これらの微弱な変化は、将来の起こりうる未来を予測するための材料として用いられます。

“Many things radically change the people behavior. Some things cannot be foreseen before happened. Something suddenly started developing, which we did not anticipate. It’s more like trying to identify the weak signals and combines some hypothesis.” 「本当に多くの事柄が人々の振る舞いに変化を与える。いくつかの事は事前に予測することができない。いくつからの事は突然に始まり、進展する。だから、我々は、現在見えている微弱なシグナルを捉えて、いくつかの仮説へと統合する。」

未来はあくまでも予測不可能というスタンスを取りながらも、現在収集できる範囲の事実(この場合、エクストリームケースを含め)を統合し、将来、起こりうるシナリオの仮説を構築する。

5-2-3. デザイナーのWILLを最大限に活用し、未来のシナリオを描く

集められた変化の兆しの材料を頭に入れながら、どんな未来になるのか、あるいは、どんな未来になって欲しいのかというデザイナーのWILL(意志/思い)を活用して、シナリオを描きます。クリエイティビティを最大限に活用すると述べていましたが、何もないところからビジョンを作るのではなく、収集した社会文化的な変化のシグナルを基にしています。

“We need to have creativity to see in the future what could be the continuation of these weak signals”.「我々デザイナーは、微弱なシグナルを基にどんな未来が続きとして起こりうるのか想像するクリエイティビティをもたなければならない。」

意味のイノベーションの理論で強調されている、自分の内なるビジョン(思いや意志)から始まるプロセスは、ここで登場します。自分の内なるビジョンも何もないところから突然やってくるわけではなく、クリエイティビティが刺激されるような、社会文化的な変化のシグナルを収集した上で、未来のシナリオという形でビジョンを作って行きます。ビジョンは「ストーリー(物語)」のフォーマットを用いてを描いていきます。また、デザイナーが描いたストーリーは、実際のユーザーを巻き込んだ共創型のワークショップなどを用いて、作られたり、アップデートされることがあるそうです。この場合、デザイナーがビジョンを描くのに採用した微弱な変化のデータを、定量・定性合わせて持ち寄り、一緒にどんな未来のシナリオが描けるのか作って行きます。

5-2-4. 未来の「意味」をデザインするーユーザーの価値観との融合

作成した未来のストーリー(ヴィジョン/シナリオ)のなかで、ユーザーにとって、何がmeaningfulness(心理的価値がある)かを想像することで、プロダクト・サービスの新しい意味を作っていきます。ここで、5-1 意味のインサイトリサーチで収集したユーザーの現状の「意味」≒「価値観」が活用されます。ユーザーにとっての拠り所となっている「価値観」は大きく変わらないとすると、未来のストーリーという生活文脈のなかで、何に対して、meaningfulness(心理的価値)を感じるのかを想像していきます。分かりにくいのでもう少し話をすると、5-1 意味のインサイトリサーチでわかってくるのは、価値観、例えば、良好な人間関係、信頼できる繋がり、愛着、セルフブランディングなどです。価値観は社会の変化と比べて、変化はゆっくりだと考えられます。例えば、信頼できる繋がりであれば、数百年前も現在も大切な価値観とされています。繋がる手段として、昔は顔を合わせて話す、手紙を書くという行動をしていたのが、現在は、スマートフォンでの通話やSNSに取って代わられたかもしれません。人間の価値観が変化するのは比較的ゆっくりだと考えられます。そのため、意味のインサイトリサーチで深く理解したユーザーの「価値観」を一定の拠り所として、未来のストーリーにおいて、どんなプロダクト・サービスの「意味」がmeaningfulness(心理的価値をもつ)のか想像/創造していきます。こうして作成された新しい意味はストーリーとして、ビデオやムードボード等で表現されます。

“As design actor, we need to be creative one who sees into the future not only asking and observing and understanding. Being a brave and somebody needs to create the future.”「デザインを実践するものとして、我々はクリエイティブでなければならない。クリエイティブとは、ただ聞いたり、観察したり、理解するだけではなく、未来を描くことである。そのためには勇気をもって、未来を創造しなければならない。」

意味をデザインするということは、現状存在している課題を見つけてきて、解決する行為ではなく、来るべき未来を描き、その未来のストーリーと現実のギャップを捉え、埋めていくための活動、すなわち、未来を創造することだと述べています。意味のイノベーションは、ビジョンドリブンだと語られることがありますが(佐宗さんのVISION DRIVENでも触れられています)、それは、個のうちなるビジョンという独りよがりなものではなく、微弱な変化シグナルに基づく、こんな未来になるだろうという社会ビジョン、ユーザーの本質的な価値観を基に描かれたユーザーのビジョンを満たすようなものであると理解できます。

5-3:新しい「意味」をもつプロダクト・サービスのコンセプト設計

ストーリーの形でデザインされた新しい意味は、どのように、もう一歩具体的なプロダクト・サービスのコンセプトに落とし込んでいくのでしょうか。

共通して見られたキーポイントは「ユーザーの行動の変化」です。新しく作られたストーリーの中で描かれるユーザーの振る舞い。それが上手く回るようなジャーニーマップを作って行きます。新しい「意味」を提案することは、多かれ少なかれ、ユーザーにとって新しい行動や振る舞いを必要とします。例えば、Nintendo Wiiの例であれば、今まではテレビゲームを1人でコントローラーを持って座ってプレイしていたのが、Nintendo Wiiの登場によって複数人数で、コントローラを持って、立って身体を動かしてプレイするという異なる行動(振る舞い)が求められています。このような新しい振る舞いに誘発していく、障壁をなくしていくというのが、新しい意味をもつプロダクト・サービスの肝であるということです。

“Most difficult things are to get out of auto drive. They get used to do in the certain way. Difficulty is to change their routines.” 「最も難しいのは、オートドライブ(日常的に無意識にやっている行動)から抜け出してもらう事です。彼らはある一定の方法で動くことに慣れています。どうやったら習慣に影響を与えれるのか、そこがチャレンジングなポイントです。

もう少し具体的にどのように、アプローチしうるのか見て行きます。

5-3-1. ストーリーへの仕掛けをデザインする

ストーリーの形で表現された新しい「意味」を、より具体的なユーザージャーニーマップなどの体験へと落とし込んで行きます。その際、ユーザーがどういうことにモチベーションを感じるのか、興味が惹かれるのだろうかといった事を考えながら、ステップバイステップで体験が回るようなアイデアを考えていきます。ここでも、5-1の意味のインサイトリサーチで得られた情報(ライフスタイル、価値観など)を参考にしていきます。

5-3-2. ユーザージャーニーのテストをする

作成したジャーニーマップに基づいて、実際に何らかの形で再現をしてみて色んなアイデアを試して行きます。そのすることで、ユーザーからの反応(行動)を見て、そのジャーニーマップのアイデアを改善していきます。例えば、エンドユーザーの五感に訴えかけるもの(スーパーで試食品コーナーを用意するような)があったり、空間をデザインするものがあったり、ストーリーを伝えるようなもの(ウェブサイト含む)だったり、ポジティブな感情を生み出すようなものであったりします。このアイデア出しとテストではユーザーの心理に対する理解が重要であるため、心理学や認知科学を参考にする場合もあるそうです。注意点としては、ユーザーの行動の変化に繋がるというのは、あくまでも、Tiny(ほんの少し)の範囲だという事です。Nintendo Wiiのケースでも、これまでゲームをプレイする経験、友達と身体を動かして遊ぶ経験はあり、それを組み合わせて、Nintendo Wiiでゲームを使って友人と身体を動かして遊ぶという行動が生まれたのであって、全くの新しい行動がゼロから生まれるわけではないということです。

5-3-3. 注意点ーあくまでもmeaningfulness(価値)を提供するために

ユーザージャーニーをつぶさに検証していくと、一部分で見れば、ユーザーにとっての本当のmeaningfulness(心理的価値)ではなく、短期的なモチベーションを与えるようなアイデアも出てくるそうです。ただし、それは、長期的に見て、プロダクト・サービス体験のなかで、持続的な価値を感じてくれるためであるということを忘れてはいけないということが強調されていました。例えば、Facebookのように通知やリマインドを用いて、チェックしなければならないといった短期の緊急性に訴えかけるようなデザインもあり、今回インタビューしたフィンランドのデザイナー達は、長期的に、ユーザーにとって価値のある体験というところを大切に考えていらっしゃいました。

5-3-4. 意味の透明性についてー組織の課題

意味のデザインは組織の課題と密接に絡んできます。それは新しい意味が、現状のビジネスの延長線上からは飛び地のように離れた地点にあることが、多いからです。そのため、意味をデザインした上で、あるいは、初めから、経営層やマネージャーを巻き込みながら、新しい意味を共有し、調整していくことが重要です。新しい意味をより具体的なプロダクトなどの形に落とし込む時は、さらに、エンジニアやマーケターなど、様々なロールを持つ人達と新しい意味を共有していく必要があります。インタビューした方々が言っていたのは、意味のデザインが失敗に終わる理由はここにあるということです。新しい意味を実装していく段階、あるいは、その前の経営会議の段階で充分な理解を得ることができず、新しい意味が失われていったり、実行に移されることがなく、アイデアのまま終わることがよくあるそうです。

“Sometimes company want to create new meaning, but it’s conflicted with the short-term business goal. The biggest conflict is the short and long-term goals. Lots of company don’t want to be the first one to bring into the market. This can be expensive or miss of strategy  of radical change.”  「企業は時々、新しい意味を作りたいと思っている、しかし、それは短期的なビジネスゴールと衝突することがある(新しい意味をデザインすることは長期的な取り組みになることが多い)。多くの会社は、最初に新しい意味を市場投入したくはない。なぜなら、投資が高くつくし、失敗に終わる可能性が高いからだ。」

このように、新しい意味をデザインすることは、単純にデザイナーとして、取り組めばいいプロジェクトではなく、経営者やマネージャー達の判断が、必要となる取り組みだと理解します。

“When you want to make really meaningful, you shouldn’t surprise anyone. It takes lots of time and efforts. Otherwise you ended up creating easy to copy which anyone can make.” 「本当に新しい価値あるものを生み出そうと思ったら、誰もサプライズしてはいけない。それは時間と労力がかかって当然のことです。そうでなければ、他の人が簡単にコピーできてしまうようなものを作ることになるでしょうか。」

時間がかかったとしても、信じる新しい「意味」とそのサービス・プロダクトについて組織内で説明していく必要があります。経営層、マネージャー陣あるいはエンジニアやマーケターなど他の役割を持つ人達を巻き込み、組織全体で、新しい意味を共有していくことが重要だと言われています。

5-4:新しい意味をもつコンセプトの検証・評価について

新しい意味をもつサービス・プロダクトのコンセプトを設計してから、それをどのように検証、評価していくのでしょうか。

大きく2つのアプローチがあり、1つ目は定性的な調査手法で、ユーザーが新しく提案するサービス・プロダクトに対して、(おそらく、何か想像できるようなものを見せて)どのような印象を受けるのかテストをします。似たようなプロダクト・サービスとの印象を比べることで、新しく打ち出すコンセプトの確度を確かめているようです。また、新しいコンセプトの意味が、意図した通りに、伝わっているのかどうかもこの調査で見ているようです。2つ目は、ユーザーの行動観察です。1項目前と重複しますが、ユーザージャーニーで設計したような振る舞いやリアクションが起きるのかどうかテストをしていきます。これも似たようなプロダクト・サービスを比較して、ユーザーの振る舞いがどうなのか見ることで、意図する体験がされるのか評価することができます。デザイナーによってはこのプロセスでの検証を重視せず、より具体的なプロダクト・サービスのHi-Fi MVP(機能が備わったプロトタイプ)ができてから検証することもあるそうです。

6. 考察:ユーザーの価値観を拠り所とする

意味のイノベーションの理論では、自分の内なる思いから始める、デザイン思考やhuman centered designとは反対のアプローチという点が強調され、ユーザーの理解を無視するという極端な考え方にも繋がるかもしれません。しかし、実際に調査を進めていくと、6名中6名のデザイナーがユーザーの価値観を理解することを重視していました。ここで解釈を誤りやすいのが、確かに、ユーザーが抱える「現状のニーズ」にはフォーカスしていません。この点で、human-centered designやデザイン思考とは異なると主張されているのだと理解できます。ただし、意味のイノベーションのアプローチであっても、より広い生活や人生という文脈のなかで何を大切にしているかという価値観をよく理解することは必須であると理解しています。そのベースとなるユーザーの価値観(どんなことに意味を見出すのか)を拠り所にするためには、人間心理をよくよく理解する必要があります。そこで、私の研究では心理学の教授を指導教官になってもらいました。人間心理の部分は時間が経っても変わりにくい部分があり、意味をデザインする上でのベースとなります。今回の研究では、ユーザーを直接リサーチするのではなく、心理学の分野で膨大な研究に基づき、どのようなコトに心理的価値を見出すのかについてフレームワークのようなものを作って行きました。

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影響力のある論文を中心に、心理学者が人間が生きる上で大切する価値観についてのリサーチをまとめました。今回は詳細は省き一部をご紹介すると、上から順番に、Purposefulness(コアとなるゴールや目的、人生への方向性が定まっていること)、Value(特定の行動を正当化できるような感覚であったり、善悪の感覚が備わっていること)、Significance(人生や命そのものに価値があるのだ、意義があるのだと思えているか)、Engagement (ある事柄、関係性などに深くコミットできているか)、Narrativity(過去現在未来の物語が繋がっている感覚があるか)、Connectivity(愛あるいは自分より大きな何かと繋がっているという感覚)。また、初めに紹介したMaking Meaningという書籍の著者であるNathanさんは、ユーザーが価値を感じる15の核となる意味をまとめています(こちら)。和訳すると、達成・美しさ・コミュニティ・創造・本分・啓蒙・自由・調和・正義・一体感・安心・真実・驚き。文化的な違いもありますし、これらの要素が、直接的にユーザーの価値観への理解に繋がるわけではありませんが、心理的側面を理論で理解した上で、実際のユーザーの話、行動、感情と照らし合わせることで、変化のなかでユーザー自身も気づいていない価値の発見に繋がるのではないかと考えています。海外で出会うデザインリサーチャー、ストラテジックデザイナー、UXデザイナーには心理学専攻の出身者が多いことも、人間心理に関する背景知識の深さが関係していると思います。

7. まとめ

これまでの主要なポイントを簡単にまとめてみました。

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意味のイノベーションというアプローチは、内から溢れる思いを形にするという点が強調されますが、そのヴィジョンの面と、ユーザーの価値観が調和する形を目指していると理解できます。また、創り手の思いだけでヴィジョンが作られるのではなく、社会文化的な変化などを捉えた上で作られる、単なるエゴではなく、個の思いと社会ヴィジョンが融合した形で表現されます。また、ユーザーが意味を見出す新しい価値を創るためには、ユーザー本人も気が付いていないような心理的な深い理解が必要と考えられます。

最初に設定した問いに対する答えを言語化してみました。ただ、今回調査にご協力くださった6名の方からの学びであり、まだまだ、体系化されたアプローチではありません。実践する上で、自分達なりのアプローチで取り組むための参考として捉えてください。

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実際には、このようなプロセスの形で表現できるものではなく、行ったり、来たり、試行錯誤を重ねながら進めるものだと考えています。ただ、今回の研究での学びは実践で使えるヒントが多くあり、現在進行中でビジネスデザインを進めているプロジェクトについても、ここでの学びが活かされていると感じています。特に、社会ビジョン起点での事業開発にはど真ん中のアプローチだと感じています。社会課題を解決することを事業として取り組む個人や企業も増えているなか、益々このアプローチは重要となってくると考えています。

最後となりますが、見ず知らずの外国人にも関わらず、ご協力いただいたフィンランドでご縁のあったデザイナーの方々には本当に感謝しております。ありがとうございます。また、今回の記事だけでは伝えきれなかったり、分かりにくかったりする部分も多いとは思いますが、少しでも参考になって、意味のイノベーションを実践する仲間が増えると嬉しいと思います。

Photo at Helsinki Design Week 2018, Helsinki, Finland

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