見出し画像

死を迎えた家族は電話に出る必要はない


昨日の夜友達が死んだ
私の同僚でもあった。

アンドレアは私と同い年で
若すぎる死になる。

私が今の夫と同棲を始めて
フィレンツェの屋根裏部屋に住んでいたときに
彼も近くに部屋を借りて住んでいた。

アンドレアと私はキャリアを探している時で
若い時の当たり前で
お金もなかった。

だから分かち合えた。

たまにうちに来て一緒に食事をしてた。

若い時は自分の街以外から人が来ると
みんなどんな小さなアパートでも
ソファーに泊まっていってもらってた

ホテルに泊まるお金がない時代で
みんなそうだったから
誰かしら家に泊まったりするし
泊まらせてもらったりもよくした。

アンドレアと彼の家に泊まっていた
もう一人の北の街から来た同僚と
夫と私と一緒に飲み明かしたことがある。

おうちにワインが3本あって
それを4人で全部飲み干したこと
冷蔵庫になんにもなくって
ブロッコリのパスタを作ったら
二人とも、初めて食べるものだと言われたことを思い出す。

私はシシリアでブロッコリをぐちゃぐちゃに煮てソースにする
パスタを知ったから
フィレンツェでは食べないものなのかもしれない。

同じ釜のパスタを食べた人

イタリアでは真夜中のスパゲッタータと言って
友達と夜中にパスタを食べることで
友情を深めたりする

私と夫は結婚してから7回引っ越したし
アンドレアも同じくらい引っ越して
同じ街には住まなくなった。

私と夫はこの20年間二人の子供を作って
育てることに一生懸命だった。

アンドレアは学生時代の頃からの彼女と一緒に住み
事実婚をしていた。
子供はいなかった。

アンドレアとの間は当たり前だけど昔の距離では無くなった

私は一緒に仕事をしていて
何度かいきづまったアンドレアを助けていた。

私も仕事の話を分かち合える人や
仲間もいなくって
彼はそれができる大切な一人だった。

でも状況が徐々に変化してきた。

仕事のプレッシャーと
キャリアへの渇望から
アンドレアは人を信じないという選択をしてた

彼は何度も仕事を辞めるという話を持ち出し
私と夫がそれを説得して引き戻したり
そうかと思うと

「僕のアイデアを盗むな!」

というようなメールを送ってきた。


忘れた頃に
助けて欲しいと電話してきたり、
私は振り回されていた。


そんな彼を憐みを持って扱う術を学んでいた。


私からみると
私のキャリアよりも恵まれている彼が
何がそんなに苦しませるのかはわからなかった。

彼は私は女性だから
キャリアは必要ないと信じていた。
なぜだか、その部分になると冷酷だった。

女性は最後の残り物を食べればいい
そんな感じだった。

彼は権力者なお父さんがいた。だから守ってもらえた。
パートナーのお父さんも彼のキャリアをカバーできるコネを持っていた。
その義理のお父さんから仕事が見つからない時に
割りの良い仕事を見つけてもらってた。
実のお母さんと一緒に仕事の企画を主催する力も持っていた。
家族全員が彼を庇護できる権力の世界にいた。
子供の時から海外生活を経験していて、
彼の幼い頃の話は魅力的なものだった。
フランスに数年留学していて、フランス語も堪能だった。
フランスにも強力な仕事のコネクションを持っていた。
私よりも早くていいキャリアであった。
奥さんの両親から買ってもらった家のローマの中心地に住んでいた。

毎年数ヶ月サルデーニャ島にバカンスに行っていた。

私は電車で一時間のローマの郊外に住んで
子供が産まれるまでバカンスは何かなんてわかってなかった。

彼には足りないものはないように見えた。
私には足りないものがたくさんあるけど
彼のように苦しむことはなかった。
裕福な家に生まれなかった徳もあるんだなって思った。
なんだろう。そういうもんなんだって。

彼はいつも
誰かに騙される
自分のキャリアを奪われる
アイデアを盗まれる
誰も自分のために働いてくれない
という思いに苛まれていた。

焦ってた
苦しんでた

何一つ不自由のない世界に育った彼は
不自由な世界に住んでた。

全てをコントロールしたかった。
自分のために世界が動いて欲しかった。

誰も彼のことを認めてくれてないかのように
キャリアや賞はいくらあっても足りないし
お金も名声も満足させてなかった。

とっても大きな体で
内気な感じだったけど
その一方で
不平不満と
誰かに奪われる恐怖は
とてつもないものだった。

彼にとってのパイはいつも小さくって苦しんでた。
奪われるんじゃないかと恐れてた。

私は子供を産んで
誰かと一緒にパイを味わうことを学んだ。
そのパイが小さくても分かち合うという喜びを
子供に人生を邪魔されることが
私の豊かさなんだということに
大人になって気づいていった。

彼は自分を追い込めて
息苦しくなって、心臓が破裂しそうになって
何度か病院に行ったとか
高血圧になって救急病院に入院したとか
そういうことも言っていたけど
不思議ではなかった
あれだとそうもなるよなって。


私は
「本当にこの仕事の汚い世界だし、
悪い人もたくさんいる環境だから
彼の言ってることも一概に嘘じゃない」

とも思っていた
大人の世界の
厳しい現実。

悪い奴ほど、何かを手に入れられる世界。
親の世代、もっと上の世代から受け継ぐキャリア
あからさまに意地悪をする人もいた
悔しくて泣いたりしたことだってある。

どんなに頑張っても
正しいことをしても
誠実にいい結果を出しても

権力に言いくるめられ
お金に惑わされる世界。

自分の手柄は上司にカッさわられていくなんて当たり前だった
同僚にも
どんな書類も名前は変更させられて
奪われていった。

キャリアのために
長い物には巻かれろ
おべっかと
先祖代々伝わる恩義の世界。

私も彼もその世界にはまり込んでいた。

何が起こるかわからないと
眠れない夜は私にもあった

寝る前にいきなり
「この任務を降りたいけどどう思う?」
夫に相談したこともある。

最終的には頑張ってキャリアを積むことよりも
生き残ること

「こんなことで死んだら馬鹿みたいだから、
キャリアはなくても生きていける
苦しむための時間じゃないから
お金もきっと大丈夫」

ということををごく最近
さとることに決めた。
諦めることは生き残ることだったから。

若い時に自分がやられて苦しかったことは
次の世代にはもうしないと話していたのに
彼は若い人達に自分の権力を使って
同じことをしていたから
そういうことも許せなくなっていた。

私はこの仕事の世界で
人生を疲弊させていくのは嫌だった。
自分の汚れを仕事のせいにしたくなかった。

家にいるときはせめて仕事のことを忘れて
自分をその仕事の世界から引き離す
努力もした。

なるべく考えないように
料理をしたり
掃除に集中したり
瞑想をしたり。
家族と話をすることも
素晴らしい気晴らしになった

アンドレアが苦しむ世界は私にもあったけど
違う選択をしたかった。

まさかアンドレアが死ぬとは誰も思わなかった

仲間が亡くなったことと
素直に悲しめないこと
孤独に包まれる感覚
また一人になるのかと
感じられた

複雑な感情

一方で彼が死ぬのは目に見えてわかっていることでもあった。

体を蝕む心の問題があった。

亡くなる1週間前に送ってきたメールには
大文字の太文字で

必ずこの書類をPDFで用意すること


と書かれてあって


私は安心させるための言葉を電話で伝えていた。
「必ず用意するから安心して欲しい」

私にさえそんなことを言ってくる彼に
嫌気がさしていた。
彼は年々私に雑用を頼むことが上手になっていた

私はいつも親切にしてあげたのに。
どうして信頼できる人と
できない人の区別がつかないんだろう
納得いかないことが増えていった。

彼は基本的には電話にも出なかった。(それは全て被害妄想からくるもの)

彼から電話があるときは
コントロールか
指示か頼み事だった。

私は
「前みたいに
食事を一緒に食べたり、
そういうことをして気晴らしをしたり
友達らしいことをもっとすればよかったのかも。
この間ローマに行ったときに
あのレストランに呼べばよかったかも」

ということを考えた

でも心の声は

私は彼を友達だと思っていた
彼はそうじゃなかった
レストランに誘って仕事以外で来るような関係じゃなかった
他の友達とはそういうこともあったのかもしれないけど
私との関係は違った
それは事実だった


助けられるなら助けたかった
でも無理だった

私は知ってるんだけど
彼と私は仕事上でも知的刺激を与える間柄でも
すごくいいパートナーになれたはずだった。

残念なことに
いろいろなことがうまくいかなくなった
仕事の環境や
お互いのキャリア
性格
私が女性だということ

彼は心の病を持っていた。
だから仲良くなったり、助けたりはできなかった
その中でも友情を育んで、親友だったのは私だった。

あの汚れた世界で一番近くにいたのは私だった。

私には彼の狂気が理解できた。
自分もその片鱗を持ってるから。
ほとんどの人は彼と喧嘩別れしてた。

訃報を聞いたときに
私が電話をできる人が少なかった。
アンドレアは敵も多かったから。

上司からの電話で彼の死を知る。
彼がどのように亡くなったかは誰も知らなかった。
ただ単に昨日の夜亡くなったということだけだった。

事実上の奥さんである彼女の電話番号は
私も知らなかった。
彼の携帯ももちろんもう誰も出ない。

何かがしたかった。
お葬式があるなら出席したかった。
どういう状況でいたのか知りたかった。
それが遅すぎる好奇心だとしても。

車で2時間の彼の家に夫を連れて行くことにする。
夫と話をしながらローマまで行く。




同じ方向を見て話をすることで
少し気が休まる。

こんな時に子供がいて
結婚している自分の生活
普通でありきたりで退屈な人生が
有り難くなる。

「行っても無駄かな?どう思う?」
夫に尋ねる

無駄なのは目に見える世界のこと
奥さんに会えないかもしれない
彼の家には誰もいないかもしれない。

彼はもうこの世にはいない

でも目に見えない世界の話なら
まだ間に合うなら会いに行きたかった。

まだ間に合うなら助けたかった
話ができたらなって

こういう時は不合理なことが必要で
無駄だとはわかっても
できる限りのことをする。

遅れた何かでも
心の傷を癒す
私の

彼の家に行って
アパートメントのブザーを押す
誰もいない。

同じアパートメントから住人が出てくるので
彼のことを尋ねる
亡くなったことは知っていない。

私は家で息を引き取ったと思い込んでた
寝ている間とかに
でもその話を聞いてわかる
違う
この家に救急車は来ていない。

彼女が帰ってくる様子もないから
置き手紙を書くことにする。
来たことを知らせる。
何にもならないけど
アンドレアにも
私はきたよって
わかってほしかった。

こういう友達がいたんだよって
一言電話をくれれば
車で飛んで行ったんだよ。
恨みがましく
もう遅いけど

彼女には迷惑かもしれないけど
私は文房具屋を探してノートを買って

私とアンドレアがよくご飯を食べていた
バールに座ってビールを飲みながら
その手紙を書く


一度書いて
もう一度清書する。

読みづらいから。
書いたページをちぎる


ピーナッツとポテトチップスを食べて。
時間を潰して
それからまた
彼の家に行って

ブザーを鳴らす。

やっぱり誰も出ないから
アパートの彼の家のドアにその手紙をかけておく。
彼女のためじゃなく
アンドレアのためじゃなく
自分の気がすむことをする。
死んでしまった時くらいそうさせて!

もう何もできないことに気づいて
また2時間かけて家に帰る。

私はビールを飲んだからもう運転はしない
ローマの街中の夜のモニュメントを見ながら
夫は隣で運転している。

家に着いて
もう一度彼の電話番号に電話をしてみると
呼び出しをしている間に切られる。

全くもって正当な話で
「死を迎えた家族は電話に出る必要はない」






#創作大賞2022


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?