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僕とスプーン家族

※この物語を、10月16日で7歳になった息子へ贈ります。

土曜日の朝起きたら、家族が誰もいない。パパもママも弟もいない。

みんなで先に起きちゃったのかなと思ってリビングに行ってみたけど、やっぱりいない。トイレも、お風呂も、ベランダも。いくら探し回っても、どこにもいない。玄関の戸を開けて外をのぞいてみたけど、やっぱりいない。

僕を置いて出かけてしまったんだろうか。ずるいし、ひどい。確かに僕は寝坊することが多いけど、置いていくことないじゃないか。すごく頭にきて、少しすると悲しくなってきた。涙が止まらなくなって、僕は床に突っ伏して泣いた。

「ヒロキ、ヒロキ」

小さな声がした。えっ、誰? 顔の下敷きにしていた左腕の肘をコソコソっとくすぐられる感触。

「えっ?」と顔を上げると、そこにいたのは小さな人形だった。

いや、よく見ると、うわっ! パパとママと弟じゃないか。すごく近くにいるのに、ママが僕に手を振っている。3人が小さくなって、その場に立っていた。

「パパ! ママ! スグル!」

僕は倒れそうだった。いや、体はもう倒れてるんだけど、びっくりしてぶっ倒れそうだった。そうだこれはなんだ、前にママに読んでもらった「スプーンおばさん」じゃないか! いや、「スプーン家族」だよ!

「ずっと呼んでたんだけど……」ママはそう言うけど、全然聞こえなかったよ。大変なことなのに、僕はなんだかニヤニヤしてしまった。

「どうして?」

「うーん、どうしてだろう」パパは言う。

「にぃにー、ぼく、ちっちゃくなっちゃったんだよー」スグルは言う。

「朝起きたら、3人とも小さくなってたのよね」ママが説明してくれた。ママは怒鳴るとと怖いけど、あんまり焦ったりしない気がする。「パパがいきなり叫んでさあ〜」

そう、パパはびっくりすると、周りがもっとびっくりするような声で叫ぶんだ。

「ヒロくんがあまりに大きいから、びっくりしたんだよ。そしたら、パパが小さくなってたんだ」パパは恥ずかしげもなく言った。

それはそうと、この状況をなんとかしなくては。幸いにも今日は土曜日だから、パパもママも仕事がない。僕の学校はお休みだし、弟も保育園に行かなくていい。

「ママ、家で仕事しなきゃいけなかったんだけどなー」

なんだか嬉しそうにママは言う。非常事態を楽しんでいるみたいだ。もちろんママも、スプーンおばさんを知ってる。だって、寝る前にママが読み聞かせてくれたんだからね。だから楽しそうにしてるんじゃないかな。

「にぃに、のどかわいたー」弟が言う。

「私たちだけじゃ水も飲めないし、ヒロキが起きるのを待ってたのよね」

え、僕がやるの? そっか、みんなが届かないなら仕方ない。僕は立ち上がり、ペットボトルのキャップに水道から水を入れると、スグルに渡した。

「でかっ」スグルは2歳のくせに、僕のマネをして大きい子みたいな言葉遣いをする。ペットボトルのキャップから、洗面器を抱えるみたいにして水を飲んだ。そのあとパパも、ママも。

僕の小さな旅

「これから、どうしよう」

僕はつぶやいた。どうやったら、3人は元に戻るんだろうか。スプーンおばさんを思い出そうとするけど、おばさんが戻るきっかけは特になかった気がする。急に小さくなって、急に元に戻る。そこには理由なんて見当たらなかった。

「にぃにー、お腹すいたー」

弟が言う。はぁっ? 僕に言ってどうするんだよ。と思ったけど、パパもママも僕を見てる。えー、僕が準備するの? どうやって?

「ごめん、食パン切らしてた」ママが言う。「ご飯も炊いてなかった気がする」

僕は炊飯器を開けた。空っぽ。食パンもいつもの場所になかった。そういえば僕も、すごくお腹が空いている。

自分でやらなきゃって思った。お腹が空いた弟に何か食べさせてやれるのは、僕しかいないんだ。でも、どうやって?

「買ってくるしかないか」パパが言う。「そこの棚の上にお財布があるから。サンドイッチとかパンとか、コンビニで買ってきてくれないかな。もう1年生だから大丈夫だろ」

僕は1人で買い物に行ったことがない。でも、1人でレジに行ってお金を払ったことはあるし、自転車も1人で乗れる。想像してみたけど、うーん、不安。

「ヒロくん、できると思うよ。どう?」

「にぃにー、かってこい!」

スグル、命令すんなよ! と思った。でも、行くしかないか。

「あ!」ママが言った。「スプーンおばさんみたいに、ママがポケットに入って行こうか?」

それがいい! 僕はタンスから胸ポケット付きのシャツを探して着てみた。ママを手のひらに乗せて、ポケットに入れた。スグルが「ぼくもはいるー!」って言っててうるさいけど無視。

でも僕のポケットはすごく小さかった。ママの腰くらいまでしか入らなくて、ママは「はぁ〜っ!?」って言ってゲラゲラ笑った。つられてパパもスグルも笑う。僕はあんまり笑い過ぎるとママが落っこちちゃうと思ってこらえてたら余計おかしくて、ママを下ろした後も笑いが止まらなくなっちゃった。たぶんみんな、非常事態におかしくなってるんじゃないかな。

いろいろ考えて、ママはリュックに入ることにした。リュックの内側のポケットなら、ママが自分の手でつかんでいられるし、横になったりもしない。

パパによく見ててもらって、そっとリュックを背負ったり、下ろしたりする練習をした。ついいつものようにブンブン振り回したくなってしまうので、気をつけないと。

そっと靴を履いて、そっと玄関を出た。玄関でパパと弟が「いってらっしゃい」と手を振る。

自転車だと危ないからと、歩いて行くことにした。

ママが何か話したい時は、リュックの中から背中をコンコンと叩くというルールを決めていたけど、コンビニに着くまで特にママからの合図はなく、スムーズだった。僕は、パンのコーナーでみんなが食べそうなものを探していた。

背中がムズムズする。カサッカサッ。え、なに? と思ってからようやく気がついた。ママが背中を叩いてるみたい。そっとリュックを下ろして、周りに人がいないのを確認して開けてみた。中を覗くと、ママがぷーっとほっぺたを膨らませている。「怒ってるよ」って顔だ。

「ちょっと! トイレに入って!」

ママは小さい声で言った。リュックのファスナーを閉めて、そっと背中に背負い、レジまで行って「トイレ貸してください」とお店の人に言った。

レジにはおばさんがいて、「はい、どうぞ」とにっこりしてくれた。

トイレの個室に入って、またリュックを開けた。ママが早口でまくし立てた。

「ちょっと! 歩くのが乱暴すぎ! ママもう、身体中が痛くなっちゃったよ」

「途中で合図してくれればよかったじゃん!」

「したよー!! 何度も!」

「えー、気がつかなかったよ!」

2人でお互いにキレまくった。でも、できるだけ大きな声は出さないようにした。

トイレで、帰りはもっとゆっくり歩くこと、背中の合図に気をつけておくこと、さらにお昼ご飯と晩御飯に足りる分(と言ってもほぼ僕が食べる分)を買っておくこと、その3つを約束した。たぶん僕はあまり食べないと思うけど、おやつの時間にお腹が空くこともあるので、4つパンを買った。ママとパパとスグルには、何個か入ったクリームパン。これで十分だろう。

カゴに入れてレジに持っていき、全部百円玉で払った。百円を数えた方が早いから。

僕の戦い

帰りは行きよりそーっとそーっと歩いた。時間はかかるけど、仕方ない。ママが怪我とかしたら大変だからね。

玄関に二箇所ある鍵を開けて、家に入った。「ただいま!」と言うと

「ヒロキ! 早くきてくれ〜」

とパパの声。なんだろう。お腹が空きすぎた?

リュックサックからママを下ろすと、「ちょっと揺れたけど大丈夫だったよ!」とママが言う。急いでパパのところへ向かおう。

「どうしたの?」

リビングに入りパパを探すと、スグルと2人で硬直してる。

「ゴ、ゴキが出たあ〜!」パパは情けない声で言った。え、もしかしてゴキブリ?

「うわーちょっと勘弁」ママが言う。ママは世界で一番ゴキブリが嫌いなんだ。

「どこに?」恐る恐る聞くと、

「テレビの裏に入ってった」とパパ。

「ぼく、ゴキブリだーいっきらい」とスグルが言う。僕だって嫌いだよ!

3人を見下ろし、「どうするの」と言いかけて、僕がやっつけるしかないのかと、諦めに似た感情が沸き起こってきた。ほかの誰も、ゴキブリの大きさに立ち向かえるわけがない。

隣のKくん家から、大人の人を呼んできたらだめなの? いやでも、なんとなく、家族が小さくなっちゃったことを人に話さない方がいい気がする。なぜって、いろんなお話の中では、不思議なことが起こると絶対に内緒にしてるじゃないか。あれは、どうしてなんだったかな……。

とにかく今は、ゴキブリだ。心を決めた。僕は、仮面ライダーになったと思うことにした。力を持っているのは、僕しかいない。奴を倒すのにふさわしいのは僕なんだ。

で、やっつけるにはどうすればいいの・・・?

「殺虫剤がシンクの下に入ってるから、それでシューっと」

パパが言う。

シンクの下ってどこ?

「台所の水道の下!」

ママが叫ぶ。一刻も早く退治して欲しいみたい。

シンクの下を開けると、緑色のスプレー缶があった。缶に絵が描いてあったからすくにわかった。

スプレー缶を右手に持ち、テレビの後ろをこわごわ覗きに行く。僕はきっと、腰が引けていたと思う。

僕の安堵

結論からいうと、息の根が止まったところは見られなかった。でも、何度かスプレーを浴びせかけたし、逃げ惑う奴を何度も果敢に追いかけたと思う。最後には、奴の動きもかなり遅くなっていた。「もうちょっとだ!」ってパパが叫んでた。だけど最後にタンスの後ろに隠れてしまって、もうスプレーも届かなくなって、諦めた。

正直すごく怖かったし、実はちょっと泣いちゃったし、体が震えて何度もやめたいと思った。でも小さくなっちゃったみんなはもっと怖いんだと思うと、僕がやるしかない。最後まで倒せなくて、すごく悔しかった。

「お腹すいた!」

騒動が終わったら急に空腹に気がついて、買ってきたパンをみんなで食べることにした。

パパもママも袋を開けられないから、僕が開けた。クリームパンは3人には大きすぎるから、キッチンバサミで全部小さく切ってお皿に並べる。ちょっと行儀は悪いけど、3人をテーブルの上に載せた。僕だけは椅子に座った。

僕がみんなの世話をしていると、まるで普段のママみたいだ。

「いただきます」

みんなお腹が空いていた。体のサイズにしては大きすぎるパンを、すごいスピードで食べた。びっくりしたのはスグルだ! ほおを膨らませて、口の中いっぱいに詰め込んでた。

「あ! 僕トイレ」

ちょっと行儀が悪いけど、僕は食べている途中でトイレに行った。

「わあっ!」

「うわああああ」

「あーーーーーー」

ママとパパとスグルの声がした。えっ! またゴキブリが出たんだろうか。

急いで戻ってみると、パパとママがテーブルから降りて、ママがスグルを抱っこしてテーブルから降ろすところだった。つまり、体が戻ったんだ。

僕はみんなに近づくと、抱きついた。正確には抱きついたのはママで、外からパパが抱きしめてくれて、スグルが間に入って邪魔してきたんだけどね。

なんだかホッとして、涙が出てきて、「よかった」と言葉が漏れた。

パパが頭を撫でてくれた。

ママはぎゅっと抱きしめてくれた。

「にぃにー泣いてるの?」スグルは無神経だ。

本当は不安だった。みんなだけ小さくなっちゃって、小さいから何もできなくて、僕がいろいろやらなきゃいけない。

買い物も、ゴキブリ退治も。

これからどうなるかわからなくて、自分が一番大きいってことがこんなに大変だなんて思わなかった。

みんなが小さくなったのに、まるで自分が今までよりずっと大きくなった気がした。

数日後、パパがタンスのウラを見てみたら、あのゴキブリがひっくり返って死んでいた。やっぱり、僕が倒したんだ。

その後、3人がまた小さくなることはあったのかって?

ちょっとそれは言えないなあ。でももし、僕がリュックを背負って不自然なほどゆっくり歩いていたら、話しかけないでそっとしておいてよ!

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