朝に現れるキズ

朝起きて、いつものようにラジオを付ける。いつものパーソナリティ。明るい声で、テンション高く。――ありがたい。

2週間前、津村が会社を辞めたいと言ってきた。1年前に一緒に会社を立ち上げた共同経営者。会社はようやく僕たちの他にバイトを雇えるくらいになって、これから社員も雇いたいと考えていたところだった。

理由は、深く聞かなかった。僕も悪いし、津村にも悪いところはある。お互いにこんなに同じ時間を過ごしたのは初めてで、この1年でお互いの欠点をたくさん見てしまった。津村の僕に対する態度が、硬くなっているのは常々感じていた。

だけど、同じ会社で働くっていうのはそういうことだろうと思っていた。悪い面も含めて相手を知って、協力していく。ずっと「仲良しなんです!」なんてやっている人たちは、どこか嘘をついているんじゃないだろうか。

「辞めたい」と言われたときは、ほんの少し泣いた。津村は気づいていなかったと思う。彼は言葉を選びながらも、僕を責めた。僕は足りなかった部分を、嫌な気持ちにさせた部分を申し訳ないと思って謝り、また、一緒に会社をスタートしてくれたことに感謝の言葉を述べた。ただ、津村からは謝罪の言葉も感謝の言葉もなかった。ただの1回もなかったのだ。

本来、それほど気を使えない男ではない。僕は津村をちゃんと信頼している。相手をねぎらう言葉が出てこないのは、それほど僕を嫌っているか、僕に頭にきてるってことなんだと思う。僕はそのことでおそらく深く傷ついた。日々、津村の仕事を引き継ぎながら、傷が癒えるのを待った。

いつものようにコーヒーを淹れて、ダイニングチェアに座る。右手でカップを持とうとして、赤いものが目に入った。右手のパジャマの袖が真っ赤に染まっている。袖をまくると、肘の内側あたりから血が吹き出ている。驚いて左手で押さえバスルームに行った。側にあったバスタオルをダメにしてもいいつもりで傷口をきつく押さえた。

僕は昔からそうなんだ。心が傷つくと、体も傷つく。それは、心の傷をないがしろにしがちな僕に、神様が与えてくれたサインなんだと思う。ちゃんと癒やさないと、毎朝傷口がひどくなる。昨日はもう少しマシだった。だけど、どうして悪化したんだろう? 昨日は1日、誰とも喋らなかった。そのせいだろうか。

ようやく血が止まって腕を見ると、傷口はもうなかった。心の傷が見えるのは、朝のこの時間だけ。だから、直ったかどうか次の朝にならないとわからない。

次の日の朝も流血した。前日ほどではなかったから、少しずつ傷は癒えてきている。ところがその翌日、傷がズキズキと痛む。見ると、膿んでいる。前の日は津村と1日、引き継ぎがあった。そこで僕は明るく振る舞い、全然平気なフリをした。津村はそれでも、不機嫌そうだった。だから僕は、傷をこじらせてしまったんだ。膿を出すのは痛いので、そのままにしておいた。次の日は、どうなるだろう。

血が吹き出てから3日目の朝、傷は小さなかさぶたになっていた。前の日に何をしたか。僕は、津村の前で泣いたんだ。もう、平気なフリをするのはやめた。津村のために用意した涙が全部身体の外に出るまで、泣けばいいと思った。津村の反応はよくわからなかった。だけど、それでも僕の傷はだいぶ癒えた。

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