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普通の恋がしたい



偶然出会って、ひょんなことから意気投合して、お互いなんとなく好きになって、少しずつ距離が縮まって、些細なことにときめいて、そんな恋がしたいとふと思った。

何度もデートを重ねて、お互いの気持ちが同じだと知るまでに時間がかかって、手を繋ぐまでに時間がかかって、キスをするまでに時間がかかって。そういうくすぐったい恋。


こう思うのは、アプリで当たり前のように出会えて恋ができる時代だからなのか、自分がそういう恋をしたことがないからなのか。きっと両方だけれど、多分後者が強い。

恋愛コンプレックス。とでも言うのかな。私の今までの恋愛の始まりは、ほぼ全部ネットだった。これは決して現実に出会いがなかったわけではなくて、むしろ出会える機会はいくらでもあったと思う。大学までずっと共学だったし、アルバイトもたくさんしたし、異性と関わる機会は常にあった。

でも、私は、学校やバイト先で出会うどんな人も恋愛対象として見れず、ただの友達としか思えない。さあ恋をしよう、と意気込んで臨まないと恋ができないのだ。


我ながら笑えるけれど本当の話で、だから、恋ってなんだろう、どうやってするものなのだろう、なんてことをよく考える。そして、そういうことを考えるたびに募っていくのは、純粋で、甘酸っぱくて、ド定番で、キラキラした恋がしたい、という気持ち。


そんな気持ちを胸の片隅においやって、先日私が向かったのは、どんな関係かと聞かれたらよくわからない関係の人の家。

バイト終わりの「うちで飲む?」というメッセージ。最近無性にアルコールを欲していた私は、なんの迷いもなく送られてきた住所に歩みを進めた。

彼はアプリで3ヶ月ほど前に出会った3つ上の人で、ドライブをしたり、飲みに行ったり、そういうことをしたりする。私はそういう友達だと思っているけれど、彼はいつも私に好きだと言ってくる。

久しぶりにこんなに人を好きになった、とか、大好き、とか。私はなるべくそういう言葉を真に受けないようにしているけれど、何度も聞いていると本当なのかなと思ってしまうもので、ここ最近なんとなくモヤモヤしていた。


そんなモヤモヤを消化しきれないままたどり着いたアパート。着いたと伝えると彼が外まで出てきてくれて、部屋まで一緒に歩きながら、彼の口から一番聞きたくなかった一言が発せられた。

「俺、子どもいるんだよね」


聞きたくなかった。知りたくなかった。来なきゃよかった。いろんな感情と疑問でいっぱいになった頭を無理やり整理して落ち着けた。


やけに冷静になった私の目に飛び込んできたのは、ピンクの小さな靴、壁の至る所に貼られた可愛らしいシール、子ども用の小さな椅子、部屋の片隅に集められたおもちゃ、壁にかかったプリンセスのドレス。


家には彼と私の2人だけだったけれど、ソファーに座っても、お酒を飲んでも、映画を観ても、何をしても、私の心はずっとうるさくざわついていた。


聞きたいことは山ほどあったのに、聞けたのはたった数個だった。子どもは大学在学中に生まれてもうすぐ3歳で、奥さんとは別居中で離婚もそう遠くはないらしい。

それ以上のことは聞けず、私の口から出たのは、「今まで嘘ついてたのしんどかったよね」という一言だった。


「もう会わない?」と聞かれて、会わないとは言えなかった。

「一緒に住もう」と言われて、住まないとは言えなかった。

「ママになって」と言われて、ならないとは言えなかった。

「キスしていい?」と聞かれて、ダメとは言えなかった。

「好き?」と聞かれて、嫌いとは言えなかった。

何一つ拒絶できない自分が嫌で、出会ってからの数ヶ月間何も気づけなかった自分が嫌だった。自分が嫌で仕方がなかった。


彼のことが好きなのかと聞かれたらわからないし、全てを受け入れられるのかと聞かれてもわからない。何もかもわからない。

私の人生ってこういうものなのかな、なんて思いながら、はっきりとした自分の意志を持てない私は、結局終電を逃した。



朝5時半に彼を起こして、車で家まで送ってもらった。車の窓から見える月がやけに綺麗だった。三日月よりも細くて、透き通るほど白くて、まだ暗い夜明けの空でひときわ明るかった。まるで私とは別世界のものみたいだった。私の心はこんなにもぐちゃぐちゃでよどんでいるのに。



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