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くすぐったい春




昨日、デートをした。



前回会ってから2週間弱の間、ゆっくりと連絡を取りながら計画を立てて、お互いに楽しみだねと言い合って、本当に楽しみにしていた1日だった。



彼は車で1時間半くらいの距離のところに住んでいる。少し遠い。前回は来てもらったから、今回は私が行った。



朝、早起きして、シャワーを浴びて、少しだけ念入りにメイクをした。前日の夜に観たYouTubeの動画を参考にメイクをしたら、なんだかいつもより上手くいって気分が良かった。



駅からいつもとは反対方向の電車に乗った。こっちの方向の電車に乗るのは多分4年ぶりくらい。いつもと違う風景をぼんやりと眺めながら電車に揺られた。なんだかワクワクしたし、少しドキドキもした。



駅に着いてから、迎えに来てくれた彼の車に乗ると、お茶を2つ持って「どっちがいい?」と笑顔で聞いてきた。私は爽健美茶を選んだ。些細な気遣いが嬉しくて、それでいてなんだかくすぐったかった。


彼の運転でまず向かったのは動物園。彼が鳥類が苦手だと言ったから、「じゃあ鳥から見よっか」と私が冗談混じりに言うと、彼は笑っていた。なぜか少し嬉しそうに見えた。そこからのんびり歩きながら園内を見て回った。


薬中じみた目をしたキツネザル。ちょっと怖いコウモリの群れ。元気のないレッサーパンダ。サービス精神旺盛なシロクマ。ネーミングに悪意を感じるクジャク。おしゃれなツートンカラーのバク。


ゆっくり一つ一つ見ながら、一つ一つについてお互いに反応して、なんだか終始笑っていたような気がする。


途中で乗り物に乗って高台に登った。乗り物は基本得意なのだけれど、この時はなぜか少し怖かった。彼は怖がる私をからかってわざと乗り物を揺らして、それに私が少し怒って、なんだか楽しかった。

高台から見える景色は思っていた以上に綺麗で、街と山と海が一望できた。景色を眺めながら、売店で買ったたこ焼きをベンチに並んで一緒に食べた。距離が近くてお互いに少し照れていたのがなんだかくすぐったかった。


高台から下に降りる時は、乗り物には乗らずにスライダーで降りることにした。怖がって手を離せずにいた私の前で無邪気に両手をあげて滑っていく彼が可愛かった。



最後にお互いに一番印象に残っている動物を言い合って、もう一度その動物を見てから動物園を出た。


動物園より水族館派だったけれど、動物園派に乗り換えようかなと思うくらい楽しかった。




そのあと、2人が観たかった映画「余命10年」を観に行った。映画も楽しみだったけれど、涙もろいと言っていた彼が泣くのを見るのも少し楽しみだった。


タオル持ってかなきゃね、と前日から言っていたのに、彼はタオルを忘れてしまって、映画が始まる前に私のティッシュをあげた。


開始早々に私の涙腺は限界を迎えて、映画の8割くらいずっと泣いていた。タオルがぐしょぐしょになって、彼にあげたティッシュも半分私が使ってしまった。隣の彼も後半ずっと泣いていて、ティッシュの残りの半分は彼が使い果たした。多分あのスクリーンで一番泣いていたのは私たち2人だと思う。



映画が終わってから、泣き疲れた私たちはしばらく座ったまま動けなくて、ぐちゃぐちゃの顔のまま顔を見合わせ笑った。うるうるした目でこっちを見る彼が子犬みたいで可愛かった。

こうして同じものを観て一緒に馬鹿みたいに泣けることが、素直に嬉しかった。でも少し恥ずかしくて、くすぐったかった。


「メイク崩れちゃってるよな〜」と手鏡でメイクを確認する私を見ながら彼が、「大丈夫、可愛いよ」と言った。あまりにもサラッと言われたものだから、照れて返す言葉が見つからなかった。



映画館を出て、余韻に浸りながら彼のイチオシのラーメン屋さんに向かった。ちょっと遠かったけれど、映画のどこが一番泣けたとか、何が良かったとか、そういうことを話しながら歩いていたらあっという間にお店に着いた。



ラーメン屋さんとは思えないようなオシャレなお店で、ワクワクした。私は彼のおすすめの煮干しラーメン、彼はまだ食べたことがないと言っていたまぜそばを頼んだ。



ラーメンはびっくりするくらい美味しくて、思わず彼の方を向いてグーサインをしてしまった。彼のまぜそばもすごく美味しかったらしく、幸せそうな顔をしてこっちを見てきた。くすぐったい。



ラーメン屋さんを出てから、駅までのんびりと歩いた。飲み屋街の横を通りながら、今度は一緒にお酒飲みたいね、という話になった。すぐ顔が赤くなると言う彼の赤くなった顔が容易に想像できて、可愛いんだろうなと思って頬が緩んだ。きっと一緒にお酒を飲んだら、たくさん可愛いと言ってしまうと思う。


今日一緒に写真撮ろうね、と言っていたことを2人とも忘れていたけれど思い出して、駅に着いてから並んで写真を撮った。誰も見ていないのに2人で恥ずかしがって照れながら写真を撮ったのが、なんだか可笑しくてくすぐったかった。



改札の前で、また会おうね、と言いながら手を振って、私は改札を通って階段を登った。登りきってから振り返ると、小さくなった彼がこっちに手を振っていた。私も手を振りかえして、ホームへのエスカレーターに乗った。ちゃんと見えなくなるまで見守ってくれていたことが嬉しかった。


電車に乗るとすぐ、「ちゃんと乗れた?」と彼からラインが来た。当たり前のことかもしれないけれど、優しさが嬉しかった。その後、1枚の写真と「綺麗」というメッセージが送られてきた。動物園の高台で望遠鏡を覗き込む私の後ろ姿だった。照れくさかったけれど、嬉しかった。


帰り道は、2人で観た映画の主題歌をBGMに、彼の撮ってくれた写真と2人で撮った写真を眺めながら帰った。




なんだか、すごくくすぐったい1日だった。手を繋いだりして触れ合うことはなかったし、好きだとかそういう言葉を交わすこともなかったけれど、すごく純粋で甘酸っぱいデート。こんなデートは初めてだった。




このくすぐったさは、きっとだんだん薄れて、いつかは消えてしまうのだと思う。でも、私はこのくすぐったさを何度でも繰り返したいと思った。そして、忘れたくないと思った。



これが恋なのかは分からないけれど、はっきりと分かるのは、春が来たということ。

爽やかな香水の匂い、ぽかぽか陽気みたいな笑顔、心地良い穏やかな声、一緒にいて感じる落ち着き。彼はまるで春のような人だった。




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