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ASDとの付き合い方

こんにちは、えみりーです。
今回は、不安障害やASDの特性をもつ私にとってうつ病になった経緯を振り返り、「ASD」について整理したいと思います。


事前情報として、2021年5月に私はうつ病と診断されました。その時の私は、通勤時の頭の中は、仕事を失敗し、上司から非難されないか不安で仕方なく、失敗を恐れ続けるストレスに耐えかねてうつ病に発展したと考えています。

きっかけとなるエピソードは次の通りです。
ある日、納品したプログラムに軽微な不具合が発生し、品質担当の上司に説明をする会議がありました。軽微な不具合がゆえに、「開発に手を抜いていたのでは?」と批判され、説明義務を全うすることに集中していた私は、その批判はスルーして、理解してもらうことに必死になっていました。
会議が程なくして終え、ホッと息ついた状態で、同僚に先ほど上司に言われた批判発言を雑談程度に伝えると、同僚は憤慨していました。集中が切れている私は、その言葉をそのまま受け止め、私は同僚の言葉により上司に批判されたんだと認識しました。

これがいけませんでした。
最初のスルーのままの状態でよかったのですが、「私は仕事に疲労し、感情が麻痺しているのでは?」と考えはじめ、上司から批判への過剰反応が始まりました。
・開発した製品に不具合が発生し、また批判されないか
・仕事が遅い思われていないか
・手を抜いていると思われていないか
・言葉遣いに誤りがあり、相手への態度が悪くないか
などと、自身の行動に自信が持てなくなり、不安状態が募りに募ったのです。最終的には、通勤時のバス内で涙が止まらなくなり、これは危ないなと感じ病院へ行きました。

この経験を改めて振り返り、2つのことがわかりました。
1つ目は、「批判は無視していいこと」です。
私の行動結果に対し、全人類が批判を持たないことは当然あり得ないと、冷静に考えるとわかります。私にできることは、その時の私自身ができることを最善を尽くしてやり、結果どのような声が出されようが気にせず、良い悪いところを分別し、また最善を尽くすよう行動するのみだということです。
批判に対し不安を持ち続け、ストレスを抱えることが一番自身に悪影響をもたらすと、自身の体を持ってわかりました。
「批判を消すことはできない。最善を尽くし、批判は無視が1番!」

2つ目は「私のASDの特性」です。
ASDとは、自閉症スペクトラムといわれる、発達障害の知的障害がない脳の特性を表す言葉の一種です。ASDの特性の一つに「集中力が高く、周りがみえなくなる」「言葉通りに受け取ってしまう」「他人の批判も自分への言葉だと勘違いしてしまう」などがあります。まさにその通りの行動を先ほどのエピソード内でやっているとわかりました。
精神科の主治医に「ASD」の傾向がみられると言われたときは、受け止めることができませんでした。私が発達障害だと認めたくなかったのです。
ですがどうでしょう?
「上司へ説明することに集中しているため、批判の言葉をスルーして説明することに必死であった」
「集中が切れたときの雑談時、上司の批判に怒っている同僚をみて、私は批判されたんだと認識し悲しんだ」
そのままの行動をしているではありませんか。認めざるを得ませんでした。
「ASD」の特性上、私は批判なども含め、言葉をそのまま受け取ってしまい、無視しなければならないとわかってても、心で受け止めて、しまいにはストレスを蓄積してしまうと認識することができました。
「批判の言葉でストレスを感じているのは脳が勝手に勘違いしているんだ!そのストレスは勘違いなんだと事前に心の準備をしておこう!」

自分の脳の特性を知っておくだけでも、後のストレスのたまり方や対処方法を知りえるきっかけとなると、今回整理することができました。

えみり



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