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銭湯のババアみたいにはならん

たまに銭湯に行く。

顔を覚えられてるから、よく話しかけてくる人がいる。
年齢は、70歳くらいで、体は細いけど、腹だけ出てるせいでみんなその人のことをタヌキと呼ぶ。タヌキはほぼ毎日銭湯にやってくる。

「お姉さん、いつ海外に行く予定なの?」

「来年の5月くらいです」

「ああ、そうか、でも海外は治安も悪いし、拉致とかもされるんだろ?
フランスに行った人もいたけど、街はごみであふれてるんだって?
そんなとこ行きたいなんて思わないね」

「でもやっぱり美しい街だと思います。建物も違いますし。
一度行くと価値観も変わると思いますよ」

ちょっと強めに言ってやった。否定から入る人は好きじゃないし。
だいたい、拉致のことなんか気にしてたらどこへやって行けやしないじゃないか、こんなに平和ぼけしてるのなんて日本くらいだ。

私はこんなババアみたいには将来絶対ならない。
いろんな世界に行って、遠くへ行くんだ。

「今の人は、子どもを優先にしないで女として生きてるんだね。
私は全部子どもに捧げたよ。あんたも結婚とかしなさそうだしね、独身貴族ってうやつ?」

独身上等。まだ24だぞ、てめえに私の人生とやかく言われたくないわ。
子どものために全部犠牲にした?
ふざけんなよ、やりたくてやったんだろ。
犠牲にしたなんて思うなら、そんなんやめればいい。
私は今までの人生犠牲にしたものなんてないよ。絶対、これからも犠牲になんかしないし、自分で決めてやったことだから、全部自分の責任だと思ってる。犠牲者面して逃げてんじゃねえよ。
言ってやりたくなった。言わなかったけど。

その後、妙に過去の自分を思い出した。私も過去はこんなにいろんなもの犠牲にしてやったんだ、って思ってたことがあった。
恥ずかしいけど、そんな時期もあった。

こんなに言い返したいことでいっぱいになったのは、たぶん、自分の弱さが見えたから。もう、そんな自分にはならない、無責任な自分にはならない。
もっと遠くへ、もっと柔軟に、決めつけないで、
しなやかに、どこでも生きていけるように。

あのババアのことは、反面教師にしよう、そう思いながら、いつもより少し早く風呂から上がった。妙にその場から離れたくなった。
自分もいつかは年を取ると分かっていても、まだ、あきらめる年齢じゃない。

あのババアみたいなよぼよぼの年になったとき、いろんな経験をして、少しは人から尊敬されてたらいいな。
孤独じゃないといいな。
頑固じゃないといいな。
耳も遠くないといいな。

もう銭湯に行くのはやめようかな。
さっさとあの人が来なくなればいいけど、会うたびにもやもやした気持ちが残る。

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