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お気に入りの孤独~バスルームで音楽を聴く100の効能【全文無料】

 バスルームでは良い音楽しか聴くことができない──。それが僕の持論だ。

 もちろん、こう書いただけでは「一体、何のことやら」と思われるだけで説明が必要なのだけれど、前段としてまずご承知置きいただきたいのは「僕には湯船につかりながら音楽を聴く習慣がある」ということだ。だから「音楽ってものはリヴィングのソファーに座って、レコード・ジャケットを眺めながら聴くものだ・・・・・・」という方には、ここから先の文章はあるいは理解しがたいものになるかもしれない。

 さて、まずは僕が脱衣所脇に設置したサウンド・システムの紹介から始めなければならない。

 と言っても、それは誕生日にプレゼントとしてもらったテディベアのぬいぐるみ型のスピーカーであり、これにiPod Classicを接続して、入浴中ひたすら楽曲をランダム再生させるというだけの簡易なものである。もちろん、音質が良いとはとうてい言えない。圧縮音源というのは言わずもがな、スピーカーの性能も重低音は望むべくもないし、実を言えば出力はステレオでさえなかったりする。

 ところで、冒頭に「良い音楽」と書いたけれど、それはいったいどういったものをさすのだろう? 僕にとってそれは「脳を激しく刺激しながらも、非常にリラックスできる音楽」と定義することができる。緊張感と解放感を往き来するクールで甘いメロディー、洒落た和音とその技巧を凝らした進行、大胆かつ奔放に連なるリズム、そして何よりも、暑苦しく自己主張し過ぎない歌詞とヴォーカル。そんないくつかの要素がそこに含まれる。そういった要素が揃っていれば、それこそが僕にとっての良い音楽だ。

 良い音楽は心を許すことができる。留保なく、そこに身体を委ねることができる。一日の疲れを癒すバスルームで聴くのだから、それはやはり、そんな風に心をほどくことのできる音楽であって欲しい。音質は想像力で十分に補うことができる。CDの原音を程度の良いヘッドフォンで聴いた時の記憶を元に、脳内で補正することができる。大事なのはその音源が、音楽的に「豊か」であるということだけだ。バスルームで聴く豊かな音楽。そこから得られる精神的な効能を数えたら100どころの話ではない。気持ちは前向きになり、消え入りそうな(そう、いつでも消え入りそうだ)想像力も修復される。

 そういうわけだから、バスルームで鳴らされる音楽は選ばれたものでなければならない。手持ちのアルバムを丸ごとiPodに記録して単純にランダム再生を行っても、決して心地よい選曲とはならない。──では、どうするのか? テディベアのスピーカーに接続される僕のiPodは、日々「レート」が手動で更新されている。バスルームで再生されるべき音楽は、この「レート」機能で的確に管理されている。iPodユーザーでない方にはここで「レート」の説明が必要かもしれない。それはiPod上で楽曲をリアルタイム再生させながら5段階の評価を与えることができる機能のことで、言わずもがな、それを行うのは僕自身である。

 高円寺の街中で、渋谷の路上で、僕はiPodのホイールをあやつって楽曲の評価をおこなっている。都バスの停留所で、中央総武線のドア横で、僕はバスルームのBGMを吟味している。ここで評価された内容は、仔細に条件設定されたスマートプレイリストによって、評価「5」「4」をつけたものだけがバスルームで鳴らされる仕組みだ。では評価「3」「2」は何かといえば、これはそれぞれマスター・ヴォリュームのアップ指示、ダウン指示となる。iTunes、iPodのサウンドチェック(音量の自動調整)は、まったくといっていいほど頼りにならないので、これは自宅で手動調整するためのフラグとして使用しているわけだ。地味な作業だが、楽曲を心地良くランダム再生させるには不可欠の要素と言える。

 さて、話が少々説明的になり過ぎてしまった。とにかく、こうして選ばれた楽曲は今のところ1万2千曲程度。バスルームで聴くことができる豊かな音楽は、そう多くはないみたいだ。僕にとってのそれは、とりもなおさず「脳を激しく刺激しながらも、非常にリラックスできる音楽」でなければならない。加えて言えば、今のところそれはポップ・ミュージックに限られてもいる。その条件にかなうもの──。僕にとってのそれは、たとえるならミシェル・ルグランやバート・バカラックであり、ロジャー・ニコルスやスティーヴィー・ワンダーである。アントニオ・カルロス・ジョビンやイヴァン・リンスであり、デイヴィッド・フォスターやジェイ・グレイドンである。冨田恵一やユーミンであり、大貫妙子やLampである。何だか大御所ばかりを羅列してしまい、にわかに恥ずかしくなってきたけれど、まあ、こういう感じの「音」と参考程度にとらえていただければと思う。

 テディベアのスピーカーから流れる音楽を浴びながら、僕は思う。音楽的に「豊かな」、素晴らしい楽曲に身を委ねながら、湯船の中で僕はこう思う──。自分は音楽を創り出す人間でなくてよかったな、と。「ポップ・ミュージックが大好きだ」などと無邪気に放言できる、いちリスナーでよかったなと、つくづくそう思ったりする。

 理由はまったくもって単純だ。たとえ音楽の学究的な知識や技術が僕にあったとしても、僕には絶対にこんなにも豊かな音楽を作り出すことはできないだろうから。そしてもし自分が作り手であっただろうなら、あまりの悔しさでバスルームなんかでこんなにリラックスした気持ちにはなれないだろうから。そんな単純な理由である。

 そしてもちろん──、これは偉大な音楽家たちへの敬服の念から発する、嘘偽りのない賛辞でもあるのだ。

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