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さよなら、幻の私のお店

夜中に文章を書くと、ろくなことがないという。

とうてい見られない恋文だったり、とんでもなく恥ずかしいポエムになったり。翌朝、頭を抱えることになるから、やめたほうがいいという話はよく聞く。私も基本的に、そういうことはしないタチだ。

でも、だからこそ、書けることも時にはあると思う。5月を迎える前に、心の整理整頓のために書いておこうと決めた。

それは、とある店舗物件の話。

いつか本屋を開くと昔から決めているが、いつになるかはいつのことやら、と考えてきた。とはいえ定期的に物件はチェックしていて、ネット検索で見るくらいはもう何年も日々している。

「働く女性」というくらいだから、立地はある程度都心の方がいいだろうとうっすら考えていた。

しかし、昨夏からオンラインでイベントをするようになって、全国津々浦々、最近数えたらおおよそ50人弱の女性にノートセッション(コーチング)をさせてもらった。読書会やトークイベントも入れたら、働く女性との出会いは100人に近くなっているだろう。

オンラインという手段がある限り、立地そのものはむしろ都心に拘らなくていいのかもしれないと考えるようになった。

それよりも私の体力的に持続可能な場所、つまり自宅からある程度近くて、学校などの教育機関が近い(絵本や本との親和性)、塾が近い(教育熱心な層が住んでいる)、何か歴史的な建物が近い、緑がある、警察署が近い、道路に面している、けれど静か、繁華街のガチャガチャ感がない、などといった条件を考えるようになったのだ。

サイズ感はあまり大きくなくて9畳くらい、窓が大きくて外から見えるといい。ギャラリーも設置して壁の一面が広く使えて、その逆側には間借り本屋も兼ねるべくボックスも数個置きたい。

ある日、検索していたら、突如ドンピシャの物件が出てきた。

あれ、ここうちから近いかも。これは!と思い、すぐさま内見の申し込み。昔ながらの刑事気質なので、勝手にロケハンで朝・昼・夕、平日・土日祝日の人通りや治安チェックに、何回も足を運んだ。時には自転車に乗ったり、歩きで行ってみたり、違う駅から歩いてみたりと相当の入れ込みようだ。

内見では、この部屋は元美容院で、元の借主は道路を挟んで斜め向こうに自宅を立ててその一階を美容室にして移転。おそらくそれなりの収益もあり、近い地で再び商売をしようというくらいだから、やりやすさもあったのだろうと推測した。

不動産のおじさんも感じがよく、あけすけにいいも悪いも情報を教えてくれた。上の階はマンションだが、管理事務所が在中していて治安もいい。なんと警察署も塾も学校も歴史的建造物も近い。

ほぼすべての条件がバッチリあった。

ただ一つ、心配事があった。家賃等の販管費を補うだけの収益が上がるのかということ。家賃が想像より少し高かった。

人通りにはムラがあり、登下校の時間、塾の行き帰りには子どもたちや若い親たちが通っていたが、いわゆる働く人の通りが少ない。

一目惚れの物件にえいやと飛び込みたい気持ちにブレーキがかかって、結局最後まで外せなかった。

私の中の冷静な思考役割を担う担当者が、「本屋の商売としては、ここはちょっと厳しい」と最後までNGを出し続けた。

この物件は諦めることにした。私の経験上、チラッとよぎる不安や懸念は、だいたいあとになって結構当たるものだ。

あれから数日が経ったが、とはいえ、あの物件を思い出してしまう。

前職で新規店舗の立ち上げを散々してきたので、だいたいどうレイアウトして、どんな什器が必要で、どのくらいのお金と期間が必要で、などといった段取りがすべて頭の中にある。ゆえに、頭の中で、お店はもう出来上がっていたのだ。

契約も何もしていないのに、自分の店を手放したような思いが漂っていて、今も少し悲しい。

でも、もう少し、ネット書店である季節の本屋さんを充実させて、完全に妥協なしの物件が見つかるまで、頑張ろうと思う。そう、強く思ったのだ。

担当者(私の中の)がGOを出してくれるまで、時を待つぞ。

さよなら、幻の私のお店。そして、いつか、新しくまた出会える時まで。








“季節の本屋さん”における、よりよい本の選定に使わせていただきます。