【創作小説】峠の庵 恩返し(3)(1110文字)
前回⬇
「私は、霊媒たぬきなのです」
「霊媒たぬき?」
「そうなのです、霊媒たぬきです」
「霊?」
「そうです。私には、あなたのご主人の霊が憑いているのです」
「え……?」
「のみ込めないのは、仕方ないのですが……」
「で、では……?」
「そう……私は、あなたのご主人でもあるのです」
「ママ、それはホントじゃないでしょ?」
近くに居た小僧さんがいいました。
「え?小僧さん?」
と、おかみさん。
この話は、ある田舎の峠の庵の宿に ある大事なお客がやってきたときのお話です。
そのとき、その宿の主人は突然に亡くなっていて、途方に暮れていたおかみさんの前に なぜか、亡くなったご主人が現れました。
それがなければ お客の大臣は、夕飯も食べられず、風呂にも入れず、お腹をすかせて旅の埃にまみれて眠らなければならなかったのです。
もてなしの食事も、薪で炊いたお風呂も、かつての主、この宿のおやじさんに化けた、目の前のたぬきがやって遂げました。
「なんて、お礼を言ってよいのやら!」
おかみさんは、手を合わせました。
「でも、ねえねえ、ママは、ご主人じゃないんでしょ?」
と、また小僧さん。
「ああ、そうそう。ご主人の霊が憑いてるだけで、私はご主人じゃないや」
なんとも歯切れの悪いたぬきです。
「ああ、ああ、お疲れでしょう、まかないでよければ、私の料理を食べますか?薪で炊いた湯でなければ、台所で沸かした湯を足して、お風呂にもお入りになって……」
「いえいえ、これはご恩返しなので」
「いえいえ、そんな、たぬき様。こんな嬉しいことはありません。大臣様は、大事な方で、おもてなしが出来ないでは申し訳ないところでした。とても、喜んでくださいましたし……」
おかみは、年老いた顔をすこし赤らめて興奮気味にいいました。
目の前にいる姿は、長年添い遂げ、恋し恋されたおやじさんです。生き返ったような姿です。
そして、旅の大臣もつらい想いすることなく、寛いで、いつものように予定を延長して休んで帰ってくれました。旅の休憩を充分味わってくださったようです。
おかみは、おやじに化けたたぬきに手を合わせて拝みました。
「やあやあ、やめてください、おかみさん。私はおやじさんとおかみさんに 大きな御恩があるのです。ほれ、坊主、あなたもお礼をいいなさい」
坊主たぬきは、坊主の格好であたまをぺこりと下げました。
「その節は、ありがとうございます」
「お礼……?」
おかみさんが、目を丸くしてこたえると、
「そうです。お礼です。あのとき、あなた方夫婦は、たぬき鍋にされそうな私たちを助けてくださり……」
おかみさんは、ゆっくりと、たぬきの話していた顛末を思い出していました……
つづく
トップ画像は、Azusa Miuraさんの
「たぬき」
です
ありがとうございます。
©2023.6.15.山田えみこ
つづき⬇
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