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【創作小説】ダインの壁ー5ー

主人公、亜由の所属する自主制作映画グループが、代表、二谷義明の突然の 交通事故死によって、映画「ダインの壁」の制作が危ぶまれる。グループメンバー全員の連絡先を記録した唯一のアイテム、二谷のスマホは、事故によって完全に破壊された。
最新作「ダインの壁」のクランク・インは、二谷死亡の1年後の冬。約束のクランク・インの日に果たしてメンバー達は集まるか?連絡手段が断たれたままで。

約束の日が近づいていた。

主役を演じる亜由と、相手役を演じるジョウ、脚本を書いた渡辺光雄は、事故後、かろうじて連絡を取り合えたメンバーだった。

約束の日にはメンバー達は、いつも亜由達が入り浸っている喫茶店のあるK駅のロータリー内、楠の木の根元あたりで集合する。

「亜由、何 ボケーっとしてるの?」
亜由は、相変わらず一番好きな、ココアのカップをかき混ぜながら、ボーッとしていた。いつもの喫茶店で、いつものメンバー、ジョウ、渡辺光雄と集まっていた。ジョウが問いかけていた。
亜由は答え、
「別に……、このまま映画の話、無くなっちゃうんじゃないかな?と……。せっかくの二谷さん企画の映画もこの世に出ることないのかな……、と」
「それは、したくないんだよな」
渡辺は、メガネを二本の指で直しながら、
「これは、二谷がかなり前から温めていた題材なんだ。二谷の処女作にもなるはずだった。思い入れがあるんだ」
渡辺は、二谷の一番近くにいて、二谷の案を一身に任されてシナリオを仕上げた存在だ。
「俺は、二谷が好きだった。考え方も。二谷の思いをカタチにしたい」
「…………」
亜由と、ジョウは、答えられなかった。

二谷の事故から、1年が経とうとしていた。

外は、もう灰色の冬を迎え、正月は、とっくに過ぎていた。1月6日の小寒の暦、1月20日の寒さの極みの大寒の暦も過ぎ、切りつけるような北風が吹いていた。土には朝は霜柱。水溜りには、氷も張った。

亜由のいる大学の、学年末試験も終わった。亜由は、1年から2年に進級が決まっていた。

あれから、この三人以外のメンバーには、全く連絡は取れていない。月日を隔てて、メンバーは集まって来るだろうか?不安で不安で仕方がなかった。

「信じよう、メンバーを。二谷の作品のテーマに賛同して集まったメンバーだ。信じるんだ。『ダインの壁』のテーマを。今の状況は、この『ダインの壁』によく似てる。この状況を乗り切れば、きっとこの映画も素晴らしいものになると思うんだ」渡辺は声に多少力を込め、言った。

亜由達は、うなづいた。「ダインの壁」のテーマ……待ち続け、待ち続け、そして信じた者達が……待つ状況を乗り越えた者たちなら、必ず良いものができる、と、いうもの。

「来るよ……、来るさ……、きっと来るさ……、きっとな……」

亜由は、喫茶店の天井を見上げた。祈るような気持ちだった。


約束の日の前日が来た。

渡辺は、クランク・インに合わせて印刷した脚本を、全メンバー分、用意していた。
監督は、渡辺がやることになるだろう。何ぶん、一番、二谷の近くにいて、構想を互いに確認し、シナリオを仕上げたのだから。

亜由は、自宅で深夜になるまで眠れず、シナリオを読んでいた。
そして、大きなため息を一つ。夜空をため息をつきながら眺める。布団にくるまり、窓を仰ぎ……

やがて、いつの間にか寝ついてしまった。

次の日、寒い朝だが、雲の合間から 晴れ間が覗いた。
太陽が昇っていき、大きな満月は沈んでいく。

朝、亜由は、ハッとして飛び起きると、部屋の壁に掛かった時計は、8時半を指していた。
(やば!ちょっと寝過ごした!)
待ち合わせは、K駅前、午後1時で、午前11時に家を出れば間に合うが、8時半は、亜由のいつも起きる時間を大幅に遅れている。気分的に嫌なのだ。大事な日だから。

慌てて用意して、家を飛び出す。

前々から用意していた、長期間の荷物の入る、スーツケースを持っていた。

映画の撮影は、信州・長野で行われる。K駅にみんなで集まって、そのまま長野へ向かうのだ。1年前からそう決まっていた。

若いし、みんな、エネルギーのあるメンバーばかりだった。学生もいるので、学年末試験が終わってから、冬中に撮影も済まされる手はずで全てが組み立てられていた。亜由は、スーツケースを引っ張りながら、息を切らし、走っていた。(みんな、来て、みんな……)
走っているうちに涙が溢れる。
(みんな、二谷さん、死んじゃったのよ、二谷さん……)
道路を、車が往来する。
(みんな!みんなで二谷さんの夢、叶えて……!)
亜由は電車に走り込み、K駅へ向かう。




          次回、最終回



トップ画像は、メイプル楓さんの
   「みんなのフォトギャラリー」より
    いつもありがとうございます。


©2023.4.26.山田えみこ






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