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目をそっと閉じて撮るような人 鈴木敦子-福井の写真家

大切なものを手に入れたくて写真を撮り続けていたら、私達には本当の名前なんてない事に気が付いた。あなたは、暗闇の中で鈍い光を放ちながら確かにそこに存在している。その価値を決めるのは他の誰でもない、自分自身なのだと伝えたい。私は宝石を拾い集めて手の中にしまっては、時々愛おしく触っている。
「Imitation Bijou」より

鈴木敦子さんの写真を見ると、陽の光が窓から部屋のいちばん奥に届くときに感じる喜びのようなものを抱く。いつもは気にも留めない、でもふとしたときに感じる美しさを、モノの細部に感じる愛おしさをうまく作品に収めている作家ではないかと思う。

「Imitation Bijou」は2019年に少部数のアート本を制作している出版社DOOKSから出された鈴木敦子さんの最新の写真集だ。福井出身の彼女は大阪の専門学校の夜間コースで写真を学び、東京での活動を経て現在は故郷の福井で作品を作り続けている。「Imitation Bijou」は、福井に帰郷して撮った作品をまとめたものだと聞いている。

彼女のホームページでは、いくつかのプロジェクトと作品を見ることができるが、最初に私の目に飛び込んできたのは、"text"という項目だ。写真家のホームページにアクセスすると写真が掲載されていることは普通だが、鈴木敦子さんのホームページでは彼女の詩を読むことができる。

あの緑の先に向かい
手を伸ばせば届きそうなのに
つかめないよ 本当は欲しい
涙のようきらきら光るもの
耳を澄ますと、水の流れる音が聞こえる
目を閉じたら、赤く燃え上がる炎が見える
長くは続かないのかも
誰か私に涙を流すこと

明日の夢と錆びれた記憶
確かなものなどない
だけどあなたに降り注ぐ雨は
現実という涙

彼女が静かな場所で目を閉じて、耳を研ぎ澄ましたときに、心から漏れ出た言葉を並べたような詩。目に見えたものというよりも、目を閉じたときに見える記憶を書きしたためたような、心の奥底から聞こえる小さな叫びを拾ったような、窓の外は晴れているのに憂鬱な日に、カーテンを閉めきったまま書いたような、しんどい気持ちをギュッと数行に投げ込んだ詩。

彼女のプロジェクト「red letter」のシリーズは、そんな詩と結びつくような作品群が詰まっているように感じた。

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私が好きなシリーズは「夜明け前」というタイトルのもの。そこから一枚だけ紹介する。

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左手に絡まる赤く平たいプラスチックの紐。毛糸でも、細いナイロン糸でもなく無機質な赤い紐は、ピンと張らずに手元では弛んでいる。

少しシワのある白いシーツの上に横たわる人の手は指先だけ少し折り曲がっている。この人は不安で早朝まで起きていたのだろうか。

やっと何かから解放されて眠りにつこうとしているのだろうか。

現在、コロナ禍でアートブックフェアが世界中で軒並み中止されているが、ニューヨークの出版社の計らいでVirtual Assemblyというイベントが開催されている。そこに鈴木敦子さんの写真集も並んでいるので、ぜひチェックを...。

おやすみ。



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