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人と交わる手段としての -石川の写真家 河野幸人と梅佳代

やはり石川は文化の最強都市だった。出てくる出てくる、本屋が、美術館の企画が、戦前の写真家が、若手の活躍するアートスペースが。こういう街で育ったら楽しいだろうな、この地域に住む人たちが生み出すものって面白そうだなと思う。

もしかしたら、記録して残す人たちの多さが、その結果なのかもしれない。誰かが活動した痕跡は、誰かが書き留めないと残らない。

写真文化をいち早く取り入れた先進県、石川

ここまで充実した写真文化を形成している県は珍しい。石川県立美術館によると、日本に写真美術館がない頃から先駆けて「写真収蔵庫」を持っていたそうだ。それほど誰かが、文化を守ろうとしたのだろう。

石川県は藩政時代に大野弁吉がカメラを制作し、明治初年には他県に先駆けて卯辰山養生所中に写真局が設置されるなど、写真に関しては先進県といえます。また「東京写真研究会展」などの中央展には戦前から出品し、芸術写真を志す写真家を多く輩出してきました。昭和50年代半ば、写真家、版画家の吉川恍陽らが『写真収蔵庫』を提案したことは、まだ日本に写真専門の美術館がない時代には画期的なことでした。(県立美術館HPより)

このように先進的な石川でも、県立美術館の企画する初の写真展が2018年なのだから、まだまだ地方美術館における写真展ははじまったばかりだと言える。その2018年に開かれた「写真と幻想」展では、吉川恍陽、冨岡省三、河野安志の3人を取り上げ石川の写真史にスポットを当てた。ホームページから写真と文を引用したい。

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まず、吉川恍陽は、大正3年金沢市に生まれ、戦前より東京写真研究会、戦後はモダンアート展にて発表し、平成3年に亡くなるまで石川写真界を牽引しました。冨岡省三は昭和5年、小松市に生まれフィルム会社に入社。作家としてのデビューは40代と早くありませんが、精力的に作品を発表し続け、昨年86年の生涯に幕を閉じました。河野安志は昭和36年に高知県に生まれ、東京工芸大学短期大学部を卒業。毎日広告デザイン賞で最高賞を受賞するなど活躍しましたが、平成16年、金沢において42歳の若さで他界しました。(県立美術館HPより)

3人とも、リアリズムというよりも、抽象的な、超現実主義に近いような雰囲気があり、ヨーロッパの芸術運動を吸収して作品を作っていたのではないかと思う。特に河野さんの作品はダリっぽさがある。この展示を見に行けなかったのは、めちゃくちゃ悔しい。

石川のアートスペースIACKを運営する若手写真家、河野幸人

河野幸人さんは、石川出身で金沢市を拠点に活動する写真家だ。写真家によっては、何を撮っているか、どういう意図か、長々とホームページに書く人もいるが、河野さんは書かない派、「受け手の想像力に任せるよ」というスタンスのようだ。

とても印象深い作品は「244」というプロジェクトで、以下のVimeoをみて下さると分かるように、湖面、海面?を組み合わせて出来た大きめのアートワーク。なんと、鑑賞者が一枚一枚好きなだけ剥がして持ち帰ることが可能になっているから驚く。

244_2 at Upper Street Gallery, London UK, November 201

河野さんは、IACKと呼ばれるアトリエ兼アートスペースを運営し、週末に一般開放している。独立系出版社による作品集や自費出版の作品の展示や販売をしていて、オンラインでも購入することができる。

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子どもの砕けた表情が国内外で評価された 梅佳代の写真

梅佳代さんは「近所の子ども」を撮るのが好きな人だ。カッコつけた、背伸びした、畏まった被写体は基本的に出てこない。つまり、子どもを緊張させない、優しい雰囲気の、お話が上手な方なのだろう。

抱きしめたくなるような子どもの表情が日本や海外でも評価されて、2006年にリトルモアブックスから出版した『うめめ』では木村伊兵衛賞を受賞している。おちゃらけた、だらけた、うとうとしていそうな、「ジュクシ」とか「バリア」とかいう言葉を発していそうな小学生が基本的に登場する。

例えば、やんちゃ小学生男子の姿に迫った『男子』。

もうね、下の写真をみるだけで笑ってしまう。あー同じクラスにいた!と。

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他に、梅佳代さんの有名なプロジェクトとしては、「ナスカイ」。日本では珍しい全寮制の男子中高一貫校、那須高原海城中学校・高等学校を取材したもので、2010年からスタートした取材は、東日本大震災で校舎が利用できなくなり、栃木から新宿や多摩に移転して廃校に至る間ずっと続いた。この写真集に出てくる高校生の青春の一コマに誰もが心打たれてしまう。写真集のCampusノートの表紙っていいよね。

こういう時間って誰にでもあったはずなのに、中々、写真として残らない。だから、校舎がなくなってしまった、帰る場所が失われた彼らにとっての拠り所になっているだろう。

スクリーンショット 2020-04-19 17.08.44

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/51604 より

この日に聴いていた音楽は、まだ覚えているだろうか。

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