見出し画像

コロナ自粛を体験して、気づいたこと感じたこと

緊急事態宣言が解除されて、少しずつ日常が戻りつつある。

実は昨年度末から今年度のスタート時にかけて、本来ならば、町内会の行事(清掃活動、防火点検、お花見という形の懇親会・・・等々)が目白押しだったのだけど、全て中止になり、とても静かな春を過ごした。

そのほかにも、町内会以外のことで、出席予定だった行事や会議も次々と中止になり、まるっと2ヶ月間ほど、全く出なくても良くなった。

こうして全てが消えて無くなってしまうと、淋しいどころか、むしろスッキリして気持ちが良い。

「私、本当はアレ、出たくなかったんだなぁ・・・」

・・・と、今更ながら(汗)自分の本心に気づいてドキリとする。

夫も、たくさんあった春の町内会の行事が無くなったことに関して、「別に無くても困ることはないんだし、やらなくても回っていくんだから、最初から必要なかった・・・ってことだ」と笑っている。

そうだ、そうだ。

あまりに無駄が多かったんだよ。

私たちの町の町内会のシステムは、昭和の右肩上がりの時代に出来上ったもので、それをそのまま今も維持して回し続けている。

当時は、今よりうんと人口は多かったし、若い世代も多かったし、子供も多かったし、年寄りは70代でコロリと死んでいったし、みんな同じ方向を向いて、一斉に走り出せるような活力があった。町内会にもマンパワーが溢れかえっていた。

だから、組織をたくさん作り、行事もたくさんあった。

その後、平成になって「町おこし」というパワーワードが浸透し、行事や組織が組み直されたりしたけど、それでもやっぱり「元気」「活力」を土台に町内会活動もエネルギッシュに取り組まれていたと思う。

しかし、今は少子高齢化の時代、真っ只中・・・だ。

年寄りが増えて老老介護の世帯も目立つようになり、みんな働くようになって専業主婦はいなくなり、子供の数も徐々に減っていき、昭和時代のような賑わいは無くなっている。

人口が減りつつあるのに、各団体が催す行事はすごく多いから、みんな駆り出されて週末ものんびりしていられない。

子供も年寄りも、皆がそれぞれに「自分の活動」で忙しいのだ。

ボランティアによって成り立っていた活動は、今はなかなかやり手がいない。だから、やってくれそうな人のところに仕事や役職が集中し、死ぬまで続けなくてはいけない・・・という苦労も付きまとう。


そんな中、コロナ禍で全ての行事が中止になり、万が一開催することになった行事も「自粛します」と言えば、角を立てることなくお断りできるし、すごくありがたかった。

断れない性格の人は、コロナに助けられたのではないだろうか・・・。

田舎だと、嫌でも出席しないと「非国民」のような扱いを受けることもあるので、みんな時間を作って嫌々参加している部分もあったと思う。

でも、コロナのお陰で、2月から今の5月にかけては「自粛」という免罪符を得て、罪悪感を一切感じることなく堂々と「欠席します」と公言できたのだ。こんな素晴しい体験は、なかなか出来るモノでは無い。

まさに「コロナ」という非常事態が生み出してくれたミラクル・・・だ。

◇◇◇

でも、この「楽チン」だった時期はもうすぐ終わり、また、いつも通りの日常が戻ってくる。

3密を避けることを意識しながら、またいろんな予定が組み込まれていくのだろうな・・・。

しかし、これをきっかけに組織や行事をシンプルにできないものだろうか。

人も減り、パワーも不足しているのに、過去の「人が多かった時代」のやり方とシステムを残したまま、人をたくさん集めることに価値を見いだし、たくさんの住民を駆り出すことに主眼を置いた運営には限界がある。頑張って維持していくことは、もう不可能だと思う。

どんなに振り絞っても、この限られた人員では、出来ることも頭打ちで限られている。だから、そろそろ改革をしていくことが必要なんじゃないかな・・・と切に思う。

回覧板やその他の通知も、これを機にデジタル化できないだろうか・・・。

各種会費の回収も、これを機にキャッシュレス化を推進してもらえるとありがたい。

これを機に、お年寄りも「わからない」と言っていないで、ネットによるコミュニケーションのツールに触れて、意識をアップデートしてくれないかなぁ・・・。

いろんな意味で、今までのやり方を見直して、柔軟に「新しい方法」を取り入れていくことが必要。

これは政府や行政のシステムだけでなく、町内会や自治体の小さな組織に至るまで、みんなに当てはまることだ。

更に言えば、「参加」が善で「欠席」は悪・・・という固定観念は捨てなきゃいけないし、「全員参加」にこだわる悪しき習慣も手放すときだ・・・と思う。もう、群れることが「善」という時代ではないのだから。

そして、便利なツールはどんどん取り入れていくこと。新しいものを怖がる「年寄り気質」を捨てて、新しいものも興味を持って受け入れていく柔軟性が大事だ。

これからを生き残るためには、もう機能しなくなった「過去のもの」を手放して、使い勝手の良い「新しいもの」を果敢に使いこなしていくことだと思う。こうした体験を通して、自分は進化していくんだ・・・という自覚も持ちたい。

そうそう。みんなが等しく変わらなきゃいけないのだ。

この場に及んで「私はこのままでいいです」なんて、言ってらんねーのだよ。

みんな今まで頑張ってきたのだ。今回のコロナ自粛を体験して、今まで健気に頑張り過ぎてきた自分にハタと気づいてしまったのだ。

だから、「もう頑張らない。マイペースで生きよう」と舵を切る勇気が要る。自分の幸せのために、今までとは違う方向で、またひと踏ん張り頑張らなくてはいけない。

それとは逆に、今までのやり方に乗っかりすぎてきた人たちも、これからが頑張り時だ。新しいやり方に自分をシフトチェンジすることに努力しなくてはいけない。

さあ、みんなで頑張るんだよー。皆がそれぞれに自分の持ち場で、これからの自分のために、根気強く頑張り始める時なのだ・・・と。

・・・とまぁそんなことを、今日ふと思ったのだった。

とりとめもない文でゴメン。

以上、私のひとりごと。


よろしければサポートお願いします!いただいたサポートは旅の資金にさせていただきます✨