【青春小説①】カレーパンを半分こずつ
いつも頬杖をして、窓越しに外の景色を眺めていた。
このクラスになって半年が経つけど、特に仲のいい子はいない。いつも窓際の自席で、ぼんやりと外ばかり眺めていた。
私は口数も少ない方だし、特に賢いわけでもない。かといってイジメられているわけでもなく、どちらかというと一匹狼。群れない女。
志望して入った高校だけど、そこに私の居場所はあるようで無かった。
◇
「いつまでボーとしてるの?授業終わったぞ!」
と、突然ポンと肩を叩かれてビクッとした。
見ると、私の隣席の藤牧君(通称・フジマキ)だった。
あっ!そうだ。お昼ご飯の調達に、急いで売店へ行かなくっちゃ。
「清瀬さん、パン買ってきたら、一緒に飯食おうよ」
と、フジマキは軽いノリで言ってきた。
フジマキは体育系男だ。凛々しい雰囲気で女子に人気がある。まあまあ頭は良いが、ややチャラい。隣の席のよしみで、風邪で学校を3日間休んだフジマキのために、私はノートをとってやった。そうしたら「清瀬さん、優しい」といたく感激し、それ以降、私にやたらと絡んでくるようになった。ちょっとウザい。
「はいはい、オッケー」
私は適当な返事をして、ふらりと教室を出ていった。
今日も売店へパンを買いに行く。階段を下りて一階の職員室の横にある売店に入った。
私が好きなのはカレーパンだ。この売店の人気商品で、地元のパン屋が作っているこだわり逸品である。
沢山の生徒でにぎわっている店内。
人をかき分け、パンの棚に辿り着き、カレーパンの最後の一個に手を伸ばす。と、その時、パンのビニール袋とは異なる物体が、私の指先に触れた。
「ん?」
見ると、人の手だった。手から腕へ、腕から顔へと視線を移す。そこには初めて見る男子がいた。
知らない子だ。一年生かな。カレーパンはこの子の掌の下にあった。彼の手の上に私の手が重なっている。タッチの差で間に合わなかったらしい。
私はすぐに手を引っ込めて、その横にあるソーセージパンをパッと掴んだ。
一年生君は私の方をボーと見つめていたけど、私は無視してサッとレジに向かった。
◇
パンとコーヒー牛乳を抱えて教室に向かっている途中、背後から
「先輩!」
と声がかかった。一瞬誰のことか分からなくて、無視して階段を上がっていると、また強い口調で
「先輩!」
と呼ばれた。
驚いて振り返ると、先ほどの一年生君が階段の踊り場に立っていた。半分泣きそうな表情で顔が赤い。なんだコイツ。
「先輩って、私のこと?」と私が聞くと、彼は「はっはい」と答えた。
彼は緊張した面持ちで、
「よかったら、これ食べてください!」
と叫び、先ほどのカレーパンを私に差し出した。
えっ?これって、まるで私が後輩からカレーパンをカツアゲしているみたいじゃないか。
「いいよ、私はこっちを食べるから、君はそのカレーパンを食べなよ。それ美味いよ。」
と私は笑顔で彼に言い、また階段を上りかける。
「ちょっ…ちょっと待ってください!」と、彼はまた大きな声で叫んだ。
何なの?この子?
私がジッと彼を見つめると、彼は更に真っ赤な顔になり、
「実は、僕、前から先輩に憧れてて、ずっと気になっていました!だから、さっき手が合った時、これはチャンスだと思って…。すっすみません!失礼しました!」
と、また大きな声で叫び、深々と頭を下げた。
えっ?なんと…⁉
これってまさか?私、告られているの?
私は気が動転した。
いやいや、これはヤバいぞ…。そういうことなら、こんな公共の場である階段で、大きな声で喋っている場合ではない。
私は慌てて階段を下りて彼のもとに行き、うなだれている一年生君の腕を掴んで「こっちに来て!」と言った。
彼は驚いて顔を上げるが、それよりも早く、私は彼の腕を引っ張った。そのまま駆け出す。彼もつられて一緒に走り出した。
◇
二人で階段を下りて、校舎を出て、そのまま突っ走って体育館の裏に出た。
ここは私が授業をさぼったとき、一人でボーと過ごす特別の場所だ。
体育館の裏のベンチに辿りつく頃には、いつの間にか私たちは手を繋いでいた。慌てて繋いだ手をパッと離す。
私は、ハアハアと息を弾ませながら、
「ここに座りなよ」と、ベンチを指さした。
彼はオドオドしつつも素直に腰を掛けた。
私もその横に座る。でも、彼との間は50センチくらい開けた。
私は座るなり、
「あのさぁ、そういう大事なことは、たとえ周りに人がいなかったとしても、あんな階段で言うもんじゃないの!」と言った。
彼はハッとして、こちらに顔を向ける。
よく見ると、整ったきれいな顔をしている。今初めて彼をしっかり見たような気がした。
「すみません!これを逃したら、もう二度と近くで会えないんじゃないかと思って、つい…」
「ううん、別にそれはいいのよ。でも、どこで私のことを見つけたの?私は君と会うのは初めてなんだけど…」
私が勢いよく聞くと、彼はまた真っ赤な顔になり、
「一人でいる姿を見かけて、先輩のことが気になったんです。すらっとしていて、カッコよくて…。そのうちに先輩のことを探すようになって。だから、さっき売店で先輩の手が当たった時、もうビックリして。これは神様がくれたチャンスだと思いました。」と答えた。
いつも一人の私が良かったの?
こんな私がカッコよかったの?
意外な理由に驚きつつ、でも、胸の奥がじわっと熱くなった。
うん。そっか…
そっと呟くように言ってみる。
「私を見つけてくれてありがとう。」
うわぁ…この空気ヤバイ。慣れていないから、恥ずかしくて死にそう。
「あのさ。君のカレーパン、私に半分ちょうだい。私のソーセージパン、半分こしてあげるからさ。」
「あっ!はい!」
急いでパンの袋を破ろうとしている一年生君を見ていたら、なんだか可愛くてクスクス笑ってしまった。
彼もつられて一緒に笑う。
2人で笑いながら、半分こずつのパンを頬張った。
空には秋の雲がぽっかり浮かんでいた。
フジマキの物語
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