中東問題における日本の立場を評価する
2023年のハマスによるイスラエル攻撃により、イスラエルの民間人695 名(うち子供36人を含む)と外国人71名、治安部隊373名の計1,139 名が殺害され、また約250人のイスラエル人・外国人が人質となった。これはイスラエルにとって、ユダヤ人がかつて体験したホロコーストに次ぐ衝撃として記憶されることとなり、ネタニヤフ政権の大きな失態となった。
ネタニヤフ政権はこの失態を挽回すべく、ハマスが潜伏するガザ地区に対して苛烈な空爆と地上侵攻を行なった。イスラエル国防軍(IDF)は医療機関を含めた民間施設に対しても無分別な攻撃を行い、2024年10月現在、ガザの死亡者は4万人を超える大惨事となっている。
イスラエル軍はさらにイランが支援する武装組織ヒズボラを叩くべく、レバノン空爆を行い、ヒズボラの最高指導者・幹部全員を殺害した。これにより近隣にいた民間人も巻き添えになり、700人以上が死亡し、10万人以上の避難民が発生した。
こうした悲劇はかつての中東戦争でも起きたことだが、今回の中東の紛争がこれまでと異なるのは、かつての中東戦争の当事者であったアラブ諸国が今回は加わっていないということだ。今回の対イスラエルの当事者はイランと同国が支援しているヒズボラやハマスといった非政府武装組織である。
現在のアラブ諸国は、イスラエルと国交正常化を果たしたアラブ首長国連邦(UAE)を始め、パレスチナ人に対して連帯の気持ちこそ表明するものの、イスラエルを止めるための具体的な行動を避けている。
つまり、イスラエルに実質対抗できるのはイランだけなのだが、そのイランもイスラエルとそれを支援するアメリカとまともにやり合う軍事力はない。2024年の4月と9月に行われたイランのミサイル攻撃は、イスラエルに実質的なダメージを与えないよう、事前にイスラエルと米国に通告した上で行われた。実質的に国内のガス抜きと対外的な威信を維持するためのポーズに過ぎない。イランの行動は米国などが喧伝するイメージと違い、極めて理性的・抑制的である。
一方、全く抑制的でないのはイスラエルのネタニヤフ政権だ。レバノン空爆・地上侵攻に限らず、先日のポケベル爆破や継続的に続けられるイランの要人暗殺など、彼らは明らかにエスカレーションを狙っている。その理由の一つは明らかだ。強引な司法制度改革や汚職疑惑、そして2023年のハマスによる攻撃を防げなかった失態により、ネタニヤフ氏は戦争をやめれば自身の政治生命が危うくなることを理解している。彼らが事態をエスカレーションさせ続けるのは、戦時内閣が続く限りは自分たちは政治生命を延命できるからだが、嘆かわしいのは、その試みが実際に機能していることである。
このネタニヤフ政権の強気な行動は、少なくともアメリカ大統領選挙が終わり、現米国民主党政権のレームダック状態が解消されるまで続くだろう。この選挙中、米民主党は国内最大のユダヤロビー団体AIPACや、シオニズムを強く支持するキリスト教福音派の影響を無視できず、ネタニヤフ政権に対して強い制止ができないでいる。
さて、本題であるが、日本はこうした中東状況の中、どのような立場を取るべきだろうか。
日本はG7の中でも、中東問題に対して軍事的な影響を一切与えなかった、歴史的に「クリーンハンズ」な存在である。かつ、日本は軍事的にも専守防衛の原則に立った非侵害・平和重視の国家であることは世界的にも広く認知されている。
米国はこれだけの人道被害が出ているにも関わらず、親イスラエルの立場を取り、国連安保理でもイスラエル非難の決議を拒否し続けている。しかし、日本は同じ立場を取るべきではない。2023年のハマスによるイスラエル攻撃とその直後のイスラエルによるガザ空爆の際、イスラエルを支持するG7諸国にあって日本だけが中立の立場を取った。この立場に先進国を中心に国際世論で批判も出たが、アラブ諸国やイランとの関係も重視したい日本にとって、また人道的観点からも、この時に日本の取った立場は適切なものであったと筆者は考える。米国追従のイメージが先行しやすい日本であるが、G7の中でもあくまで独自の立場を取れることをこれからも継続的に内外に示すべきだ。
問題は、イスラエルの非人道的な軍事行動を、より強く非難すべきかであろうが、その辺りは判断が難しい。トルコのエルドアン大統領のように、より踏み込んだ非難を行うのは国際関係上のリスクを伴う。
イスラエルとのいたずらな関係悪化は、日本の国益に利さない。中東においての日本の利点は「クリーンハンズ」であるだけでなく「無色」であることにもあると筆者は考えている。非人道的な軍事行動を看過しろというのか、という意見もあろうが、そもそも米国ですら止められないイスラエルを日本が非難したところで、止めることは不可能である。決して非難するな、ということではない。国連の非難決議などでは日本はイスラエル非難に票を入れて良い。エルドアン大統領のように、わざわざ自ら火をつけに行くようなステートメントを発する必要はないという意味である。
そういう意味では、今のところ日本は良い立ち回りをしている。
安倍政権、岸田政権を通じて、日本は内政については多くの問題を抱えているが、こと外交においてはうまくやっていると筆者は思っているし、実際、海外からの評価はそう悪くないようだ。
我が日本は輸入原油の9割を中東に依存しており、中東の平和は日本のエネルギー問題において極めて重要である。中東の軍事問題にあたって日本が取れる積極的な選択肢はほとんどないが、人道面・実利面の双方において、引き続き賢いバランス外交を行なってほしい。
2024年も10月に入り、新たに石破政権が発足した。石破氏はどうやら軍事マニアだが、現場観を知らずに発言してしまうことでも知られており、防衛省ではすこぶる評判が悪いと聞く。インド太平洋の安全保障については、アジア版NATOというよくわからない構想を打ち立て、早速国内外から整合性についての指摘が相次いだ。
今のところ、中東問題について石破氏は多くを語っていないが、できるだけ現在の外交路線を踏襲し、間違っても思いつきの意見を公の場で放言しないでいただきたい。
日本は中東問題について、無色かつ善人で居続けるべきだ。
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