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食べてもいないパスタの茹で加減を褒められる 2020年5月4日

女性タレントはオリジナル料理を作るたびに叩かれるのに、私は市販のパスタソースをかけただけで褒められる世界に住んでいる。


先日、工藤静香への思いをしたためた日記を書いたら、いろんな人たちに読んでいただけた。ありがたいなあと思っていたら、スマートフォンが気を利かせて、木村家のニュースを次々と表示してくる。
噂の通り、彼女の料理は少し珍妙で、一言感想を述べたくなる要素に満ちている。しかし、Yahooニュースにわざわざ悪口を書き込む神経はわからない。いったいどんな人が、どんな顔をして、どんなスピードで指を動かして一文字ずつ打っているんだろうか。


それに比べて、私は本当に幸せ者だ。先日、パスタを茹で、キューピーのたらこソースをかけて息子と食べたら、やけに美味しく感じた。きっと、自分の舌が冷凍パスタに慣れていたからだろう。夜帰宅した夫にその見解を伝えたところ、それはちがうよ、と言われた。


「えみの茹で方が上手だから美味しかったんだよ」


すごくないですか? 30代の大人が、パスタを茹でてソースをかけて出しただけで、「茹で方が上手」と褒められる世界がここにある。しかも、そのパスタを食べてもいない人から。いやー、ただのユートピアですか、ここは。


私の夫は、普段から甘い台詞を吐くタイプでもなければ、いわゆる天然と呼ばれる性格でもない。しかし、謎の褒めパターンをいくつか持っていて、真顔で繰り出してくることがある。


そのうちのひとつが、「私が一切味つけに関与していない料理に対して、私の腕を褒める」というものだ。


初めは、成城石井のクッキーミックスで焼いたクッキーだった。バターや卵を入れて焼けば美味しくできる、自分が味に関与する余地のないクッキーを、夫は気に入って食べた。確かに美味しかったので、「やっぱり成城石井のクッキーミックスは違うね」と言ったところ、くだんの台詞が発動されたのだ。

「ちがうよ、えみが焼いたから美味しいんだよ」

いや、ちがうよ? もしかして、夫は勘違いしているんじゃなかろうか。世の中にはびこる、手の込んだ料理を作っては「大したものじゃないけど」と謙遜して、次の「そんなことないよ」を待っているパターン。ねえ、それじゃないよ。このクッキー、リアルに自分の手柄じゃないんで。成城石井の手柄なんで。むしろそこを共有したいんだけど。


しかし、冗談のつもりなのか何も考えていないのか、夫は真顔で同じパターンを繰り返す。このユートピアでは、クックドゥで作った回鍋肉が美味しいのは「えみが炒めたから」で、日清の唐揚げ粉で揚げた唐揚げが美味しいのは「えみが揚げたから」なのだ。

私はこれまで、言葉というものは、自分の気持ちや認識を表すためにあると思ってきた。少なくとも自分は、30年ちょっと、そうやって言葉を取り扱ってきたつもりだ。

しかし、夫の一連の台詞は、その前提を覆した。おそらく彼は、自分の気持ちを表すために言葉を使っているのではない。相手がどう感じ、どう行動するか、そのために言葉を発している。具体的に言えば、私を調子に乗らせて、これからも味付けに関与せずにパスタや回鍋肉を能動的に作るよう、誘導しているのだ。

だって夫は、私が味付けに関与した料理については、めったに褒めることはない。もう能動的に作ってほしくはないからだろう。ゼロではなく、ごくたまに褒められるということが、そのリアルさを物語っている。彼がよく褒めてくるのは、前述の料理の他、モランボンのたれで作った生姜焼き、バーモントカレーのルウ(中辛)を使ったカレーなど、どれも味付けに一定の安心感が得られるものばかりだ。

ちっ、と思いながらも、私はその意図通りに、モランボンのたれを買い、クックドゥの素を買う。いや、これなら自分で作りなよ、私はもう少し薄味が好きなんだ、という言葉を飲み込んで。だって、えみが炒めるから美味しいんだもん。うん。それなら仕方ないよな。それはもう、えみが炒めるしかないよねえ。

やはり工藤静香も、キムタクに料理の腕を褒められるからこそ、次々と新作を生み出せるのだろうか。どんな言葉で褒められるんだろう。もしや、「これ、ビストロで真似したかったな」だろうか。はー。なんだそれ。うらやましすぎて発狂しそう。

先日、キムタクがSNSに夫婦のツーショットをアップしたことが話題になった。本当はずっとこうやって、公に愛を伝えたかったのかなぁと思うと、胸がキュンとなる。もうアイドルは卒業したんだし、思う存分やればいいと思う。
でも、お願いだから、「いつも美味しいごはんありがとう」の一言だけは書き込まないでほしい。この地上に、自分で味付けした料理をキムタクに褒めてもらえるユートピアがあるなんて、どうしても目撃したくないのだ。そんなものを見た日には、私も嫉妬に狂って、ついにヤフコメデビューしてしまうかもしれない。そのときは、誰か私を止めてくれ。

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