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#001‐1【A面】



 「はるさん?初めまして。」

 彼は、春人はるとと言った。今年の春、大学生になって上京してきたようだ。つい先日19歳の誕生日を迎えたという彼は、まだまだ制服を着ていても違和感のない幼さが残っている。髪の毛はまだ染められていなくて、目にかかるほどの長さで切りそろえられた前髪は同じ方向に流れている。線の細い華奢な身体。

 「こんにちは。初めまして。春人くん?」

 「はい、きょうはありがとうございます。」

 柔らかい声。ていねいな話し方。

 「こちらこそありがとう。きょう、どうしよっか。わたしこの近くのお気に入りのカフェがあるんだけど。」

 「行きたいです。コーヒー好きなんです。」

 笑ったときに、頬の高い位置にえくぼのできる子だった。



 2人で入ったカフェで、彼はオムライスとアイスカフェラテを、わたしはナポリタンとホットコーヒーを注文した。

 彼は、本当に楽しそうに自分の話をする子だった。実家で飼っているのは猫だけど、犬の方が好きなこと。2個ずつ離れたお兄さんと、弟の話。好きなフルーツはいちご。得意なスポーツはバスケ。苦手なのは爬虫類。蛇柄の小物を持つ女の子とは付き合えないと言って笑った。

 恋愛の話になり、彼は高校のときに付き合っていた彼女の話を始め。その子とは、遠距離になることをきっかけに別れてしまったらしい。上京する彼と、地元に残る彼女。二人とも進学を選んだので、お金があるわけではない。学校で毎日顔を合わせ、一緒に通学して、休みの日にも一緒に図書館に通っていたというのだから、急に離れ離れになるのは戸惑うことも、不安が大きいことも想像できた。

 「なんか、女々しいですよね。でもね、彼女は僕と離れても平気なんですよ。他にもいたんです。」

 「え、、、」

 「しかも、同級生ですよ。僕も結構仲良かったと思ってたのに、相手の子とも。どういう気持ちなんですかね。」

 「浮気されてたの?」

 「そんなところですね。彼女は同時じゃないっていうけど、噓なんていくらでもつけますよ。本当に僕のことを好いてくれているなら、行動に示してくれるはずだって思ってたんですけどね。やっぱり違ったみたいで。」

 困ったように笑う彼に、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。似たような過去を持つ彼に少しだけ同情する気持ちになる。
 空になったグラスの中で、少しだけ小さくなった氷をもてあそぶ彼にいいことがあるようにと、赤いストローを見つめながら願った。おかわりをたずねると、伏し目がちに「いらない。」と答えたので、「それじゃあ、そろそろ、行こう。」と、伝票を手に席を立つ。

 「…ない。」

 「ん?」

 「まだ、帰りたくない…です。」

 お腹は満たされている。発言の意図が、アレだとしたら…。お会計を済ませて外に出ると、小一時間前に来た道を彼の1歩後ろをついていく。



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