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赤い糸の先にはいないあなたへ。



『デイドリーム』reGretGirl × ものがたり


 あなたと過ごす時間が長くなっていたせいで、自分の部屋の天井に違和感を覚える朝が、なんだかおかしかった。あぁ、部屋を出る前に、歯ブラシ捨ててきたらよかった。わたしが黄色で、あなたは緑。あなたがいい香りとほめてくれたシャンプー、まだ中身が入ってたっけ。お気に入りの本も読んでみてよなんて渡したけど、一度も開かれないままパソコンの横に置きっぱなしだったな。お揃いで買った部屋着も置きっぱなしだ。彼の部屋に置き去りになった、わたしのものを少しかわいそうに思う。きっとあなたは、あの頃みたいに”元カノ”になったわたしに想いを馳せて、感傷に浸っていたりするんだろうな。

 「う、いてて…」

 こめかみにズキズキと痛みが広がる。机の上には、空になったチューハイの缶がいくつか横たわっていた。なんだ、好きでもないのにお酒飲むなんて、わたしも少し傷ついていたことに気づいて苦笑いをする。



 もともとお酒は好きではなかった。けれど、ひとりでバーに行く女性に憧れて、通うようになった行きつけのバー。でも、頼むのは、アルコール度数が低いカクテルか、ノンアルカクテル。
 癖のある髪、痩せた体、きれいな指先、自信のない言葉。今すぐに消えてしまいそうな、そんな雰囲気になんだか他の人とは違うような特別なものを感じた。そうして惹かれて、わたしがそばにいてあげないと、なんて思ったんだっけ。
 出逢って少しして、元カノが忘れられないとか言って、覗いたSNSに登場した新しい男性に、あからさまに肩を落とす姿は、女々しくも、愛おしいと思ってしまった。

 「一緒に帰らない?君の話も、もっと聞かせてよ。」

 「うん。」

 そんな誘いに、静かに胸を弾ませていた。連れ立って訪れた彼の部屋は、誰かの気配を感じて落ち着かなかった。色違いのマグカップ、2本並んだ歯ブラシ、誰のものかわからない部屋着、枯れてしまった観葉植物。すべて元カノの物だと気づいて、寂しい気持ちになる。

 「あしたには、全部なかったことにするからね。」そうつぶやいて、わたしを抱きしめると、すぐに寝息が聞こえてきた。今夜限りの関係という意味だと思ったら、なかったことにするのは、元カノのことだった。そんな夜の後、わたしたちは恋人になった。ふたりで部屋を片付けて、おそろいのマグカップを買った。



 運命だなんて思ったけれど、ふたりを繋ぐ赤い糸は音を立ててちぎれてしまった。この糸の先は、もう新しい誰かに繋がっているのかな。

 連絡を待って、何度もホーム画面を点滅させる姿が容易に想像できた。またきっとご飯が食べられないなんて、少しやせた背中も想像できてしまうのがおかしかった。でも、わたしから連絡なんてしないし、あなたを救うような言葉なんてかけてあげることはしない。愛おしいと思っていた、少し女々しくて、弱気なところも、気づけば不安の種だった。
 そういえば、いつかあなたに太陽みたいな人だと言われたことを思い出す。太陽がいなければ、月は輝くことができない。新しい太陽を見つけるまでは、ずっと新月のままで、永遠のようで一瞬の小さな地獄を見ていてほしい。空にのぼった大きな月が、欠けていくのと一緒にわたしの思いも少しずつかけていった。本当は、わたしが月だったのかもね。

 これからわたしは、あなたの知らない誰かと手を繋いでデートに出かけて、下の名前で呼び合うようになる。あなたと同じキスをして、夜も一緒に過ごすようになって。くだらないケンカもするだろうし、つまらない冗談に笑うことだってきっとあると思う。日々を重ねて、過ごして、どうでもいい愚痴だっていくらでも聞くの。その彼は、きっとわたしにアクセサリーなんかをプレゼントしてくれて、わたしはそれをいつも身につける。そして、あなたと行った場所に行くこともあるかもしれないね。これから先、辛いこと、悲しいことが起こったら、彼に一番にすがるでしょう。大切にしてくれなかったのに、他の人に大切にされることを嫌がったりしないでね。

 これから、お互いに知らないことが増えていって、あなたの知らないわたしになっていくんだよ。さようなら。




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