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わたしにとっての幸せは誰かの幸せを見る事なのかもしれない

仕事終わりにさっと買い物に出かけられる環境に憧れていて、転職してオフィスワークに変わり定時ができてからの金曜日が楽しみになった。
少し混雑した駅をかき分け、デパートに入り色んなものを眺める。そんな時間が楽しくて楽しみで1週間を頑張っている。

金曜日の昨日は、敬老の日に祖母にあげるプレゼントを物色しにいった。なかなか会う事ができないから、誕生日だったり、節目の何かには小さい贈り物と手紙を送るようにしている。80歳を超えた祖母に贈る物は毎回頭を悩ませる。化粧品はずっと使っている物があるし、服はサイズ感がわからない、友達によくあげるハンドクリーム類は使わないし、お酒は飲まない、固い物は食べられない...毎回パズルのピースを探すように数時間唸りながら買い物を楽しんでいる。
今回はルピシアで見つけた秋の限定紅茶と、何か合う物はとデパ地下で見つけた秋の干菓子を贈ることにした。祖父を亡くして叔父一家と暮らす祖母は少し肩身を狭くしているので、少しくらい贅沢で美味しい物を楽しむ時間を送ってくれたらいいなという願いを込めた。

わたしは自分にお金をかけるのが苦手だ。罪悪感を覚えてしまう。わたしがこんな物身につけていいのかな...こんな美味しい物食べていいのかな...考えると必要最低限の物を買うようになった。それよりも頑張ってる身近な人に素敵なちょっとした物を贈りたい病なのだ。
そんなにお金に余裕のある仕事をしているわけではないので、両親からは別にいいのにと連絡をもらう事がある。でも、知っているのだ、とても喜んでいる事を。本当に小さなものでも大切に使ってくれたり、美味しく食べてくれたり。それを見たくてわたしは贈り物を続けている。

感謝は気持ちだけでいいと言ってくれる人もいる。確かにそれも一理あるのだろう。でも、わたしは今までたくさんのお金と時間をわたしの為に割いてくれた人には、少しずつ何か気持ちではない物を返す必要があるのではないかと思っている。それは自分もそうされてきて嬉しいし、そうされたら嬉しいからだ。汚い気持ちかな考え方かなと思っていたが、そういう考え方も会っていいかなと最近思うようになってきた。100何かして1でも返ってきたらそれはそれで幸せなことだから。

来年は少し大きな事をしようを動き始めた。81歳の祖母を夢であるディズニーランドに連れて行く事。わたしがディズニーで働いた事で興味を持ってくれて、いつか行ってみたいわーとつぶやいた事があった。大好きな人の幸せな顔を見る事がわたしの幸せ。おばあちゃんの夢を叶えたいと思っています。

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