ハイヒールとわたし

”カツカツと音を立てて都会のオフィス街を颯爽と歩く”

わたしが大学時代に描いていた社会人の姿だ。スーツを着て、暑いのにそんな顔を全く見せずに歩いているそんな女性になりたかった。
就活に失敗し、初っぱなから海外のそれもテーマパークで販売員をすることになりその夢はとりあえず叶わなかった。
出勤はティーシャツに仕事用のパンツ、足下はビーチサンダルというアメリカスタイル。それが嫌な訳でもなく楽だし、周りもみんなそんな感じだから違和感も何も感じる事はなかった。
逆にハイヒールを履いている人なんていなかったので、少しおしゃれをしてアパートメントを出ると今日はパーティなの?素敵ねーなんて言われた。

日本に帰ってきてホテルで働く事になり、出勤は前とほぼ変わらず私服でユニフォームのスーツを着るときにハイヒールを履くようになった。やっと憧れのスタイルに近づけたと思ったが、実際のところ職場は中心地から離れていることもあり、”仕事ができる、仕事をしている女性”という感覚は全くなかった。
一日中立ちっぱなしの仕事でハイヒールを履く事は罰のようだった。足になじむ前のパンプスは足を圧迫し、爪は折れる、足の指に爪が刺さり出血する...3センチのハイヒールですら辛くなり、足はボコボコで辛いとしか思わなかった。思い描いていたような女性からは程遠い自分をなんだか惨めに感じていた。

仕事を辞めた後、色んな会社の面接を6月から7月にかけて10社くらい受けた。暑い大阪の夏におじいちゃんに買ってもらった一張羅のスーツを着て、母に買ってもらった大切なパンプスを履いてオフィス街を死んだ顔で歩いた。
黒いスーツは暑く、長時間パンプスで歩く事で相変わらず足は痛い。
なんだ、思っていた女性像を形にするのは並大抵な努力じゃ無理なんだ。
わたしにはオフィス街の風景になじんで働く事なんて無理なんじゃないか、と自信も同時になくしていった。

それでも仕事はなんとか決まり、満員電車に揺られ、人にもみくちゃにされ、たくさんの人と同じようにオフィス街のある駅で降りて会社に向かう日々を送っている。
もちろんハイヒールを履いて。
会社はそこまで服装がきっちりしている必要がないので、オフィスでヒールのある靴を履いてるのはわたし一人。
誰がどういう恰好で働いていても関係ない。
わたしはようやく思い描いていた社会人の姿を形にできたのだから、大切に毎日その幸せさを味わって過ごしていこうと思う。

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