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エッセイ【喪失について】


今夜は、ある詩を紹介させてください。

1956年ピューリッツァー賞を受賞したアメリカを代表する女性詩人、エリザベス・ビショップの "One Art" という作品です。

以下、私の勝手な意訳です🔻(原詩を読みたい方はぜひ検索してみてください)

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One Art (ある技術)


ものを失うのに慣れることは難しくないわ

多くのものはまるで失くされようとしているみたい

失くされることが大したことではないという風に



毎日何かを失くしましょう

家の鍵を失くして無駄に過ごした数時間を受け入れるの

ものを失うのに慣れることは難しくないわ



それからもっと多くのものを

もっと速く失くす練習をするの

場所、名前、旅するはずだった行き先

どれもすべて大したことではないわ



そして母の時計も失くしたわ

それに、ほら、

お気に入りの三つの家のうちの最後の一つ、

それとも最後から二つ目だったかしら

それも失ってしまったの

ものを失うのに慣れることは難しくないわ


二つの素晴らしい町を失った

さらにもっと大きなもの、

私の所有していた領土、二つの河、大陸も

どれも恋しく思うけれど

それも大したことではなかったわ


  
最後に

あなたを失うこと

あなたの冗談を飛ばす声、大好きなしぐさを失うのでさえも

嘘じゃない

ものを失うのに慣れることは難しくないと証明するわ

 まるで、

(書くわ!)

まるでそれが

大したことに見えたとしても



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私は大学生の頃、米文学を学んでいました。

"LGBT" や "フェミニズム"、"ダイバーシティ"といったワードが日本ではまだ頻繁に使われていなかった頃。
私は一人の素晴らしい女性教授に出会いました。彼女はこの詩の作者をはじめ、講義の中であえて、いわゆるマイノリティーの作品を取りあつかってくれたのです。

教授はある日こう言いました。

「ある時女性の友人からカミングアウトされたんです。女性が好きだって。でも私は動じなかった。だって、女性が好きだからと言って、私のことを好きになるわけじゃない。彼女たちにも私たちと同じ、好みってものがあるでしょう?」

私はこの言葉にこそ多様性が凝縮されていると感じたのです。

この詩が描かれた時代はまさに、アメリカで女性解放運動(ウーマン・リブ)が起こった頃でした。
第一次的に起こったフェミニズム運動では、女性の参政権・職業選択の自由が叫ばれましたが、このウーマン・リブの時代においては、女性が "求められる役割" からもっと自由になることが訴えられた。
それが文学にも表れた時代だったんですね。


喪失について書いたこの詩。
失うことは、人を強くするのでしょうか。
哀しくも美しく、ひとりの女性として女性を愛する作家の力強さを感じます。


私はフェミニストではありませんが、当たり前を疑う人、恐れない人が好きですし、自分もそうありたいと願っています。


さて。
失くすことに関して言えば、
私はよくこんなものを失くしてしまいます。


冷たい缶に入った琥珀色。


ぶどうから生まれる赤や白。


瓶に詰められた芳醇な透明。



買ってすぐ失くすんですが…
どこに行っちゃうんでしょうか。

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