見出し画像

絵本|王さまの こころをさがして!

 作:絵恋

 むかしむかし あるところに、バスティア王国という美しい国がありました。
 自然豊かな国で、大きなお城が街の真ん中にあります。
 人びとは皆、仲良く暮らしていました。人だけではありません。鳥や、魚や、動物、虫たち・・・たくさんの生き物も、仲良く暮らしていたのです。

 ですが、最近この国の王さまは、戦争ばかり。森は焼けて、たくさんの動物が住み家をなくし、国は、少しずつ、元気をなくしていきました。
 王さまはどうしてしまったのでしょう。
 それは誰にもわかりませんでした。たまに戦場から帰ってきたと思えば、王さまは部屋に閉じこもって、誰ともゆっくり会おうとはしません。
 王さまに長年付き添ってきた大臣ですら、部屋に入れてもらうことはできなかったのです。

 ハンスは、お城近くの町で暮らす、酒屋の子どもです。
 お酒の配達はハンスの仕事。たくさんの酒瓶を積んだ自転車で、町中を走りまわります。
 働きもののハンスは、町中の大人たちから可愛がられていました。
「やぁハンス!きょうも元気だね!」
「こんにちは!頼まれていたワインを持って来ましたよ。今日のはとびっきり上等なんだ。」
 ハンスは街のあちこちにお酒を届けます。
 一日の最後には、お城に一等品のワインを配達に向かいます。
 ハンスがうら口へ入るためお城の裏庭の林を抜けると、どうしたことでしょう? お城の大臣が、悲しそうな顔をしてがっくりとうなだれているではありませんか。
「大臣、どうしたんですか?」
 ハンスは思わず声をかけました。

「あぁ、ハンスか。いや、ちょっと悲しくなってしまってね・・・。大した事ではないんだが・・・」
 ハンスが大臣の目を覗きこむと、大臣はとうとう言いました。
「王さまが、話を聞いてくれないのだよ。国を大きくするために、北で隣の国と戦争を始めてしまって、誰が止めても何も聞きはしない。元々は誰よりもこの国の未来を考えてくれた、強く、優しい王だったのに。今は戦場から帰ってくると真っ暗な部屋にひとりぼっちで閉じこもり、カーテンも開けないままだ。その上、近づこうとする皆にひどい事を言ったりもする。
 王はすっかり、こころをなくしてしまったようだ。」
 その言葉を聞いて、ハンスは考えました。

こころをなくす? 
王さまは、こころをどこかに落っことしちゃったってこと?

「今はまだ戦いは小さなものだが、このままでは戦争が大きくなり、街にも何か起こるかもしれない。そう考えると悲しいのだ。どうしたら王が元のように戻ってくれるかと、そればかり、ずっと悩んでいるのだ・・・」
 落ちこんでいる大臣がとてもかわいそうになり、ハンスは思いました。

『じゃあ、もしぼくが、王さまのこころを見つけたとしたら、元の強くて優しい王さまに戻るのかな。
そうしたら戦争もなくなるのかもしれないし、何より、今にも泣きだしそうな大臣が、にっこり笑顔になるのかもしれない。』・・・。

「大臣、わかりました!
 王さまがこころをなくしてしまったなら、ぼく、これから王さまのこころを探しに行ってきます!
 だから大臣も、どうか元気を出してください!」
 ハンスはもう走り出してしまいました。

 走りながら、ハンスは考えました。

 『こころを探す』って言ったのはいいけれど、こころって、そもそも目に見えるのかな? 
 こころに色はあるのかな? あるとしたら、どんな色で、どんな形なんだろう?
 あったかい? それともひんやり? 
 見たこともないものを探すことなんて本当にぼくにできるんだろうか?
 ハンスにはまったくわかりませんでしたが、
 裏庭で見た大臣の、悲しそうな顔をおもいだすと、いてもたってもいられなくなるのでした。

 わからないけど・・・。
 でも・・・まず、探してみよう!

 ハンスが最初に訪ねてみたのは、街でも物知りで有名なエドワードさんのところでした。なんでも知っているエドワードさんに聞いてみたら、すぐに見つかるかもしれない。ドキドキしながら、ハンスはドアをノックしました。

「おやおやハンス。今日はお酒を頼んでいなかったようだけど・・・そんなに焦ってどうしたんだい?」
「エドワードさん、ぼく、探しものをしているのです。
 それは、ぼくが見たことも触ったこともないものです。
 実は、ぼく…王さまが落としてしまった、王さまのこころを探しているのです。どこかで王さまのこころを見ませんでしたか?」
 エドワードさんは少しずれた眼鏡を、人さしゆびでクイッと直しました。
「ハンス、それはそれは、大変な探しものをしているね。」
「そうなんです。ぼく、こころというものを見たことがありませんから、どこを探せば良いかもわかりません。エドワードさん、何か知りませんか?」
「そうだね、僕も残念ながら、こころは見たことがないけれど。
 ・・・あっ、そうだ、でも、ちょっと待ってくれ」

 エドワードさんはキッチンに行くと、奥から小さな木の器に入ったスープを持って来てくれました。
「ハンス、よかったらこれを王さまに届けてくれないか。
 ちょうど夕ごはんの支度をしていたところでね。たいしたものではないけれど、太陽の光をたくさん浴びて、元気に育った、庭の野菜たちの特製スープさ。 王さまのこころはここには見当たらないけれど、おなかがすくと人はイライラしてしまうものだよ。温かいものをたくさん食べて、元気になっていただきたい。」
「エドワードさん、ありがとう」
ハンスはスープを受け取ると、お城に戻り、王さまに届けてもらうよう大臣にお願いしました。でもそれは、探しものの『こころ』ではありません。ハンスはまた、こころを探しに行きました。

 次の日
 ハンスは西へ向かい、村外れの湖のほとりに住んでいる、トマスじいさんを訪ねました。トマスじいさんはたくさんの人と仲良しで、動物たちにも懐かれています。だからどこかで誰かから、王さまのこころの在りかを教えてもらっているかもしれないと、ハンスは考えたのでした。
「こんにちはトマスじいさん。ぼく、探しものをしていてここへ訪ねてきました。
 ぼく、王さまが落としてしまった、こころを探しているのです。トマスじいさん、どこかで見たり聞いたりしていませんか?」
 庭で釣り竿の手入れをしていたトマスじいさんは、驚いてハンスを見ました。
「いやいやハンス、これはこれは大変な探しものをしているようじゃな。役に立てずにすまないが、わしも王さまのこころのありかは見ても聞いてもいないようじゃ。」
「そうでしたか・・・。なかなか見つからなくて困っているんです。そもそもこころって、どんな形でどんな色のものなのか、トマスじいさん、何か知りませんか?」
トマスじいさんは少しだけ、困った顔をしました。
「そうさなぁ、難しいのう、ずいぶん長いこと生きておるワシですら、こころそのものを見たことは一度もないかもしれんのぅ・・・。
 ・・・おっと、そういえば。ちょっと待っとくれ」
 トマスじいさんは家に入っていくと、フワフワの、白い大きな枕を持って出てきました。

「ハンス、よかったらこれを王さまにお届けしてくれんかのう?
 湖に飛んでくる水鳥たちから、すこしずつ羽をもらって作りあげた枕なんじゃ。王さまのこころはここにはないようじゃが、人は眠れないと、疲れてしまうものなんじゃ。ぐっすりと眠って明日には、スッキリ起きていただけるように、どうか、これを。」
「トマスじいさん、ありがとう」
ハンスはフワフワの白い枕を受けとると、お城へ届けに行きました。でもそれは、やっぱり『こころ』ではありません。大臣にその枕を、王さまに届けてくださいと伝えて、またハンスはこころを探しに戻りました。

 その次の、次の日
 ハンスがやってきたのは、東の外れにある小さな山小屋でした。ここには友達の、羊飼いのジーンが住んでいるのです。ジーンならば羊たちを遊ばせるためにあちこち歩き回っているので、どこかで王さまのこころを拾っているかもしれないとハンスはひらめいたのでした。

「ジーン、こんにちは。
 実はぼく、探しものをしているんだ。王さまの、こころを探しているんだよ。きみ、羊たちを遊ばせながら、どこかで王さまのこころを拾っていたりしないかい?」
 ジーンはびっくりして、
「なんだって!こころを落としたってどういうことなの? 詳しくわからないけれど、僕、そんな大切なもの拾ってはいないよ。ごめんね」
 その言葉を聞いて、やっぱりここにもなかったのかと、ハンスはちょっとしょんぼりしました。
「ここにもなかったんだ。どうしたらいいのかな。」
「そうだね、それはとっても難しい探し物だね。僕もこころってなにかよくわからないよ。・・・あっ!でも、ちょっと待っていてね」
 ジーンは思い出したように、二階の部屋から、大きなマントをとってきました。

「ハンス、よかったらこれを王さまに持っていってよ。羊たちの毛で編んだ、暖かい毛糸のマントなんだ。王さまのこころはここにはないけれど、寒くなると人のこころは頑なになるものさ。春とはいえ、まだまだ夜は冷える。マントをふんわり肩にかけ、暖炉のそばで本でも読めば、きっと、ポカポカ暖かくなるさ」
「ジーン、ありがとう」
 ハンスは羊の毛糸で編まれたマントを受けとると、さっそくお城に届けに行きました。でもやっぱりそれは『こころ』ではなかったので、大臣にマントを渡して、ハンスはまたこころを探しに出かけました。

 さらにその次の、そのまた次の日。
 ハンスが訪ねたのは、南にある小さなレンガのアトリエでした。この家には、絵の上手なオリビアという一人の女性が住んでいました。絵を描く時にはたくさんのものをよく見るでしょうから、どこかでこころというものを見かけたこともあるかもしれない。ハンスはそう思い、オリビアのところを訪ねたのです。
「こんにちは。オリビアさん。実はぼく、探しものをしているのです。王さまのこころを探しています。オリビアさん、絵を描く時、どこかで王さまのこころを見かけませんでしたか?」
 オリビアはとても驚きました。こころを探している人に会うなんて、初めてのことだったのですから。
「ハンス、とても大切な探しものをしているのね。
 でもごめんなさい。わたしも王さまのこころは見たことがなかったわ・・・」
 そう聞いてハンスはガッカリしました。
「そうですよね。なかなか見つからないんです。
 困ったな。これまであちこち探したんですが、どこにも落ちていないのです。」
「こころは見ようと思っても、見えるものではないものね。そう簡単には見つからないでしょう。
 でも、そうね、そうよね・・・ちょっと待っていてね、ハンス。よかったら絵を一枚、王さまのところに届けてくださらない?」 
 そうしてオリビアは、アトリエから一枚の絵を持って出てきました。それは美しく、色鮮やか七色の大きな虹の描かれた、とてもステキな油絵でした。

「雨上がりの大きな虹と、子どもたちが遊んでいる絵なの。王さまの心は見当たらないけれど、暗い部屋の中にじっとしていたら誰だって落ち込んでしまうものよ。明るい色の絵の具ばかりを使ってかいた絵だから、カーテンを閉めきった部屋の中でも、やさしい光を届けてくれる。きっと王さまに、やさしさを伝えてくれるはずだわ」
「オリビアさん、ありがとう」
 さっそくハンスはその絵を大事にかかえ、お城まで届けに行きました。でもそれは、やっぱり『こころ』ではありませんでした。 

 ハンスは何日もあちこち歩き回って、すっかりクタクタになってしまいました。
ですが、肝心の王さまのこころは、どこにも見つかりません。
 疲れきってしょんぼり、とぼとぼと、歩いてうちに帰ると、お父さんとお母さんが優しく話しかけてくれました。
 
「ハンス、探しものは見つかったかい?」
「ううん。・・・全然見つからないんだよ。あちこちたずねて探してみたけれど、こころなんていうものは、どこにもなんにも見つからなかったんだ」
 ハンスはちょっと泣きそうになりました。何日もかけて、一生懸命探しましたが、どこにも見つからなかったのですから。
「そうだったのね。簡単に、見つかるものではないものね。
でも、誰かのために頑張ったハンスの行いは、すばらしいと母さんは思うわよ。」
 お母さんは、頭を撫でて、ハンスをぎゅっと抱きしめました。お母さんの服は、せっけんの良いにおいがします。ハンスはお母さんに抱きしめて褒めてもらえると、なんだか胸の奥からじんわりと、あたたかさが溢れてくるような、不思議な気持ちになりました。
「王さまだってきっと、ハンスの気持ちはわかってくださるわ。
 今日はハンスに元気が戻るように、眠りにつくまで母さんが子守り歌を歌ってあげましょう。安心してぐっすりおやすみなさい」
 ハンスはその日、やさしいメロディーに包まれながら、ぐっすりと眠りました。

 朝目が覚めると、ハンスはとてもいい気分でした。
「お父さん、お母さん!ぼく、ぼくね、ちょっぴりわかったかもしれないよ。とってもいいアイディアを思いついたんだけど、どうだろう?」
 ハンスのアイディアを聞いたお父さんとお母さんは、にっこりと頷きました。

 そして次の次の、さらにその次の日…
 お城の前の広場には、国中からたくさんの人が集まりました。ハンスとお父さんお母さんは、人から人へ、国中のみんなに『王さまを元気にするために集まりましょう!』と声をかけたのです。ある人はギター、ある人はハーモニカを、またある人は笛を、ある人は太鼓なんかを持ったりしています。
 みんなの準備が出来た時、ハンスは大きな声で叫びました。
「王さま、王さま。僕たち、みんなで王さまに音楽を届けに来ました。しぃんと静かなところに一人でいると、考えたくない、嫌なことばかり考えてしまいます。そんな時にはみんなの声を、メロディーを受け止めて、リズムに乗って元気を出してください。
 ・・・さぁ!みんな、歌おう」

 お城の広場に、みんなの歌声があふれます。
 それはそれは 大きな、大きな大合唱でした。

『 ♪ ありがとう ありがとう
 私たちは、あなたが大好き。 
 あなたが大好きです。
 自然豊かなこの国で
 たくさんの幸せがうまれました。
 こころはいつも、あなたのそばに。
 あなたがひとりにならないように。』

 ハンスも、お父さんもお母さんも、広場に集まった人々もみんな、王さまのことを思って、声の限り、精一杯歌いました。
 その歌は・・・その音楽は、
 石畳を震わせ、閉めきられた窓ガラスを飛びこえて、王さまの耳に届きました。あたたかで、優しく、そして力強い歌声でした。
 包み込むように、抱きしめるように、何度も、何度も繰り返し、繰り返し・・・。

 そして、とうとう、カーテンが開いて窓が開けられ、王さまの部屋の扉が開いたのです!

 しばらくぶりに姿を見せた王様は、大粒の涙をポロポロと流していました。

「すまなかった。すまなかった。私は大切なことを、すっかり忘れてしまっていた。
 私はこんなにも、みんなから大切に思われていたのだな。
 歌を聞いていると、体から力が湧いてきた。胸の奥からじんわりと、あたたかいものが溢れてくるようだった。そうだ、この気持ちが、一番大切なものだったのだ」

 ハンスは王さまのそばに駆け寄ると、しっかりと手をにぎりました。そしてぴったりと、王さまと自分の手を重ねて、王さまの胸にくっつけました。
「王さま。見えないけれど、確かにここに、ずっとあるんです。」
 王さまは、大きな声で泣きました。
  
 そうです。王さまは、心を失くしてなどいなかったのです。
 最初からちゃんと、こころは王さまの中にありました。
 ただ少し、見えなくなってしまっていただけなのです。

 王さまも実は、好きで戦争をしているわけではありませんでした。
 国民みんなを愛するばかりに、幸せにしたいと思えば思うほど、どうしていいかわからなくなってしまったのでした。国を大きくすればみんな喜んでくれるだろうと戦争を始めてみたものの、誰も笑顔になってくれないので頑なになり、そのうちに自分の事さえ嫌いになって、ひとりぼっちだと思っていたのです。

 みんなの想いに触れ、王さまは、大切なこころを思い出しました。
 おなかが一杯になり、ぐっすり眠ってあたたまり、優しい気持ちに包まれたとき、初めてみんなの声が王さまの耳に届いたのです。
 王さまは、ひとりぼっちではありません。いつでも、寄り添ってくれる優しい人びとは、ずっとそこに居たのですから。
 
「ハンス、大切なことを思い出させてくれて、本当にありがとう。」
 王さまはハンスの手を握りしめ、にっこりと笑いました。その笑顔を見て、大臣も笑顔になりました。二人の笑顔を見るうちに、ハンスのこころにも喜びの気持ちがあふれてきて、あまりの嬉しさに、涙がぽろりとこぼれました。

『 ♪ さぁ、戦争は 
 もう終わりにしよう
 悲しみ、憎しみは もう終わり 
 喜びの時代が訪れる
 平和な国に 鳥は歌い 花は咲くでしょう
 いつまでも いつまでも 笑顔あふれる
 美しい国になるでしょう』

 広場のみんなの大合唱は、風にのって、戦争をしている隣の国へも届きました。
 その心地良い音色に、戦っていた兵隊も手を止めて・・・そうして戦争は、とうとう終わりました。

 王さまはそれから、優しいこころと思いやりを大切にしながら、国民と、周りの人たち、動物たち、全てを愛する立派な王さまになりました。
 お城で時々、街の人たちが音楽祭を開くようになったので、ハンスもワインやビールの配達で大忙し。
「おーい、こっちにワインを一本もってきてくれ!」
「はーい!今すぐに!」
 
 王さまがつくった平和な国で、人びとはいつまでも、こころを大切にしながら手をつなぎ、協力しあって、仲良く暮らしたということです。

 いつまでも、いつまでもなかよく暮らしたそうです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?