妻になっても、母になっても、人生は私のもので #ブラジャーと第三京浜
母になるとちょっとやそっとじゃ負けなくなる。
台所で子どもたちのギャーギャーとした騒ぎをBGMに台所を片付ける。ふと、静かになり「やっと静かになった」とサクサク洗い物を終わらせ、洗い上げたものを拭いて片付ける。「さ、公園にでも連れて行くか」と振り向くと、ティッシュが全部出されていて、切り刻まれた折り紙の海の中、DVDをかじる次女。脇では、壁にシールを貼り付けている長女の姿が広がる。
更に時を戻すと、心待ちにしていた藤井隆の舞台前日に次女がお腹を下し高熱を出し、「ああ…2万捨てたな」と泣いた。その横で、寝ていると思っていた次女が、私のマルジェラの香水を床に撒き散らしていた。隆も去り、マルジェラも私の元から去っていった。
敵が子どもたちだけなら、私もまだ生きていける。
年明けぐらいに「Horace Andyのレコード、TシャツがついてきたんだけどSサイズしかなかったから、あんたにやるわ」とMidnight Scorchersのジャケットデザインが背面に入ったTシャツをくれた。「今年のTシャツ、これで決まりやな」という一言を添えて。
「あ、はい。ありがとうございます」夫がもってくるものにアレコレ言うと「感性が死んでる」と言われるので、基本的に受け取ることにしてる。だから、今回もそう。
まだ寒い時期だったので箪笥の肥やしとなっていたが、何週間に一度ぐらい「on.uのTシャツ着んの?」と言われて大変面倒だなと思いながら「気温あがったら着ます」と返していた。
少し前、夫が「長女がクサクサしている。明日は海で昼飯を食う」と突然言い出し、自らスーパーへ行った。大量の肉やソーセージやらを買い込み、満足そうに帰宅し、準備に勤しみ布団に入る。
朝起きて、朝食を準備して、子どもたちに食べさせる「あ、今日あのTシャツ着るか」と思い、引き出しの奥からTシャツを引っ張りだしアウトドア用パンツを合わせて自分の支度を終えた。その間、夫もその場にいたのだが何も言わなかった。
夫の「行くぞ」の一言に合わせて、子どもたちを車に乗せて、私も乗り込む。家を出発して3分後ぐらいに「なんでそのTシャツ着てきた?」と夫が突然言い出す。「なんで直射日光が当たる日にそれ着てきた?」「普通、赤くなるから大事なTシャツは避けるだろ」
もうすでにこのTシャツを着て1時間は経ってる。反対して「着替えろ」という時間は目一杯あったはずなのに、家を出た瞬間にコレ。
"いや、そもそも欲してないし、あなたが私に与えたんだから私が好きなタイミングで着てもいいだろ、それよりやっと着たことをなんか言えよ"という言葉を飲み込む。過去の経験からして、言い換えして黙らせたことはゼロに近いから。だから、私は決めた。
「わかった、じゃあ脱ぐわ」キャミソールを下に着てることを盾に私は脱ぐことを決めた。「脱ぐってなんやねん」と言いながら運転する夫。私はTシャツの裾に手をかけ、ダイナミックに脱ごうとした。
裾を肩ぐらいに持っていったタイミングで気づく、キャミソールを着ていないことを。私が着替えてる途中に次女が便意を宣言しだし、とりあえず下着の上に着てトイレに連れていったままだった。
正直「やっぱやーめた」って言いたかった。33歳を間近に上半身ブラジャー姿で、生まれた頃からお世話になってる第三京浜にお邪魔するのは気が引けるものだ。
頭に藤岡弘、が現れる「全力で逃げろ」。『らんま1/2』の早乙女琉「敵前大逆走」もよぎった。
でも、私は逃げないことを決めた。心の中で第三京浜と藤岡弘、そして早乙女玄馬に合掌しながら脱いだ。愛用してるレーシーなブラで超クールな顔で助手席に座ることを決意した自分に拍手した。「今、世界で一番私がかっこいい」そう思うしかなかった。
運転してたら突然助手席に座っていた嫁が、ブラジャー姿になったことで夫は完全に動転してた。でも、彼も彼で焦ったら負けという気持ちで戦っていたようだった。「あんたそれでええんか」。
「文句を言われ続けるより、ブラジャー晒したほうがマシ」何がどうマシなのか、明らかに文句言われ続けるほうがマシなんだが???と思いながらも、絶対に屈さない姿勢を保つ。
第三京浜の最初の料金所を超えたぐらいに夫が「わかったよ!!わかった!!俺の着替え貸すから!!着ろよ!!!頼むわ」と騒ぎ出した。
「そんなもんかよ」とTシャツを着ながら心の中で泣いたね。死んだ実父が頭をよぎるほど勝利を体感した。多分、夫と一緒にいるようになって、ここまで完全勝利を体感したのは初めてかもしれない。結局、海についても着替えることなく一日そのTシャツで過ごした。母は強い。母は逞しいのだ。
家庭は戦場である。だから、きっとおもしろい。今年の夏、私は誇りを持ってMidnight ScorchersのTシャツを着るのだ。乾杯!